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□結ばれない糸
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妾腹め。汚らわしい。幼いレオンティウス殿下に媚びを売りおって。本来ならば宮中にいる資格などないであろうに。

裏でそう罵られるのは雷神の加護を強く受けた弟が生まれ、王位継承権を剥奪された時から当然のことのようにあったことなので張本人であるスコルピウスはそれら全てを軽く受け流していたのだが、目の前の幼い弟はどうやらそれが気に入らないらしい。
その証拠に今ぎゅっとスコルピウスの外套を皺が寄るほど強く握りしめ、唇を噛み締めている。
俯いているため表情は見えないが、おそらく瞳から流れ落ちそうになっている涙を必死に堪えているのだろうとは容易に想像が出来た。
だが外套を握る手の力は相当強く、試しに何度か引っ張ってみるものの、それは無駄な努力として終わった。

全く、ここが人気の少ない離宮へと繋がる渡り廊下だったから良かったものの・・・ここがもし本殿だったらどうするつもりだったのだろうか。
スコルピオスは疲れたようにはあ、と重い溜め息をつく。

そもそもことの発端はこの第一王子が妾腹の義兄に酷くご執心だという噂が宮中に広がったせいであり、そのきっかけを作ったのは今現在目の前にいる第一王子その人なのだ。
・・・まあ本人にもその自覚があるので今必死に現在進行系で目を合わせないようにしているのだろうけれど。
だがこれではまともに話すらもできない。
いくらここが人気の少ない場所であったとしても、決して人が来ないとは限らないのだ。
この現場を誰かに見られでもしたら状況がさらに悪化するのは分かりきったこと。
その様子を想像し、スコルピウスはもう一度重い溜め息をついた。


「レオンティウス、顔を上げろ」
「・・・あ、にうえ」
「そろそろ外套を離せ、欝陶しい」
「・・・・・っ」

ようやくこちらを見た、琥珀色の瞳。
義兄のあまりの物言いに我慢ならなかったのかその目からは大粒の涙がぼろぼろとこぼれていた。


「兄、上」
「・・・・・・・・・・」
「・・・お慕い、申し上げております」
「私はお前が嫌いだ」
「存じて、います。でも、私は、」
「・・・レオンティウス」

真っ直ぐと見つめてくる澱みない金色の目。
涙でまだほんの少し濡れている金の瞳はきらきらと輝いていて、美しかった。

スコルピウスはそれを見てふう、と諦めたように息を吐き出し、今だにこちらを真っ直ぐと見つめているレオンティウスの頭に軽く手を置いた。


「レオンティウス。まだ幼いお前も多少はこの国の王位について漠然とは理解できてきただろう?」
「・・・・はい、」
「ならば分かっているはずだ。少なくとも私は立場的に、お前を憎まねばならん」
「兄上、」
「・・・・だから私はお前が嫌いだよ、レオン」

そう言い聞かせるかのように幼い弟の頭へと乗せていた手を放し、彼から離れるようにして身を翻す。
今度はなんの抵抗もなく、拍子抜けするほどあっさりとその場を離れることができた。


・・・けれど、先ほどまで強く強く、外套を掴んでいた小さな手は、いつまでも力無く宙に浮かんだままで。


「兄上。それでも、私は――」


幼子の悲しみを孕んだ小さな呟きは誰にも届くことなく、虚空へと消え失せた。


嗚呼、愛しい貴方の背が、また遠ざかってゆく。



・       結ばれない糸




end

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