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□歌え
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※死せる英雄達の戦いの六姉妹目線。



それは哀しい神話であった。見るも無残な物語であった。
そしてそれを今も歌い、綴り続けているのは他でもない、彼女達であった。

「母様はひどいのですね」

「ええ、ひどいわ」

「でも、母様も悲しんでいます」

「ええ、母様も苦しんでいる」

「だから私達も頑張らなくてはなりません」

「ええ、歌い続けなければならない」

「あの可哀相な仔の復讐を」

「あの可哀相な仔等の神話を」

次女のドーリアと四女のリュディアが息を合わせて言った。二人とも哀しげに眉を下げていて、手を繋いでいる様子はまるで双子のようであった。

「ねえ、アイオリア姉さま」

「どうしたの、ロクリア?」

「どうして彼等は殺しあうのかしら」

「人間からは憎しみという感情が潰えないからよ、ロクリア」

「同じ人間なのに?」

「・・・同じ、だからこそ憎悪するのかもしれないわ」

「Θも、・・・・だからΘもお母様を殺そうとするのかしら」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。ただ・・・あの子は優しすぎるから、」

「うん・・・」

「優しいあの子はもう、大好きな人間を苦しめたくないのかもしれない」

「・・・なんとなく、わかるかも」

「ロクリア?」

「私も、アイオリア姉さまを苦しめるような仔がいたら、憎んでしまう・・・」

「ええ、ええ・・・そうでしょうとも。私だってそうよ、ロクリア?もし貴女を痛めつけるような人がいたら私も同じように感じるわ」

憎しみを穢れと認識している末妹は自分も彼等と同じ感情を持ち得るかもしれないと理解した途端、身に纏った濃紺のドレスと同じ色の瞳を濡らした。
そんな彼女をを五女のアイオリアが穏やかに宥めてやっている。
その様子を黙って見ていると自然、アイオリアと目が合った。

「ごめんなさい、イオニア姉様。騒がしくしてしまったかしら」

「いいえ、貴女も大人になったのだと感心して見ていただけよ。だからそんなに畏まらないで、私達の可愛いアイオリア」

「え、イオニア姉さまからしてみれば私達皆、まだまだ子供でしょう?」

「ロクリア、あまり可愛くない御口を利くと抓りますよ?」

「えー!!」

今までも幾度か長女に抓られた経験がある末妹はイオニアの言葉にブーイングを返す。が、柔らかな微笑みを浮かべている長女の赤い瞳が全く笑っていないことに気が付くと、アイオリアの背に隠れながらも蚊の鳴くような声で「ごめんなさい」と謝罪した。

「分かれば良いのよ、私達の可愛いロクリア?」

「はーい・・・」

「・・・イオニア姉様、私達は何時までこの場に居ればいいのでしょうか」

長女の眼力に恐れおののきながらも五女のドレスにしがみ付いてこの場を離れようとしない末妹に苦笑しつつ、かつ彼女の頭を撫でてやっているアイオリアは長女にそう尋ねた。
思わず妹の顔を見れば成る程、その湖のような緑の瞳には深い哀しみが見て取れる。

「哀しいの、アイオリア?」

だからこそそんな分かりきったことを訊いた。それに対し素直に「はい」とアイオリアは答える。

「・・・そうね、貴女の気持ちも分からなくはないわ。でも・・・」

「やはり・・・最後まで?」

「ええ、見届けなくてはならない。あの仔がΘと一つになるまで」

すると見るからにアイオリアは美しい貌を陰らせてしまった。先程から無理に普段どおり姉達と接そうとしていたロクリアの笑顔も心なしか少々引きつったような気がする。
イオニアはそんな二人へゆったりと近づき、姉妹全員に共通している金色の髪を優しく撫でた。

「哀しいのならば泣きなさい。貴女達の美しい涙を吸った神話は、より悲劇性を増すでしょう」

辺りにはドーリアとリュディアの荘厳なコーラスが響いている。
人間達には届いているだろうか。この哀しいほどに美しいメロディーが。

「きっと、聞こえていないのでしょうね。このように醜く争い続けているところを見る限り」

「フリュギア・・・」

「ねえさま、気をつけて。時々あの仔、こちらを睨んでいるから」

「・・・見えているの?」

「多分・・・Θとの契約期限が近付くにつれ、あの仔が纏う闇が増えているから、大分私達と同じ身体に成っているのでしょうね」

そう冷静に告げた三女の蜜色の瞳は現在、一点のみを見つめている。Θが見初めた器である、エレフセウスを。

「フリュギア、貴女は他の子と違って哀しまないのね?」

「哀しいわ、哀しいけれど、今は感傷に浸っている余裕がないだけ」

「へえ?」

「だってねえさま、あの仔視線で人を殺せるような眼でこちらを睨むのよ?」

「あら本当、女性に向けるものではないわね、これは」

「全く・・・わたし達がレオンティウス王の首を横取りするとでも考えているのかしら」

「フリュギア、貴女のそれも女神の言葉とは思えないわよ」

「あら、御免あそばせ」

フリュギアは茶化すようにそう言うと、童子がするようにウインクしてみせた。イオニアは思わず溜息を吐く。

「貴女の育て方を間違えたかしら」

そう言えばこの子の幼少時代は末妹のロクリアが可愛いと思えるくらいのじゃじゃ馬娘ぶりであった、とイオニアは思い返す。
次女のドーリアが驚くほどに大人しい子であったため、フリュギアのそれに当時の自分は尚更びっくりしたものだ。

「ねえ、Θはあの仔の中に入るのでしょう?」

「ええ、まあ・・・そういうことになるのでしょうね」

「それで、Θはかあさまを殺したいわけでしょう?」

「・・・ええ」

「でもきっとかあさまは、まず最初にわたし達に相手をさせるでしょう?」

「・・・・・・・(何を言いたいか理解してしまった)」

「久しぶりに戦えるのよ!ああ、楽しみだわ!」

「フリュギア、仮にも私達は詩女神六姉妹なのよ?歌うのが役目なのだと昔から教えてきたはずだけれど・・・」

「ええ、わたし歌うのも好きだわ!でも、身体を動かすことも好きなの!」

ああ、この子って歌声はあんなに透き通っていて綺麗なのにどうしてこんな・・・とイオニアは少し泣きそうになった。

「・・・ドレスは、なるべく汚さないように」

そして折れかけている精神で、かろうじてそれだけ告げたのであった。


フリュギアは高まる期待に胸を膨らませながら、眼下で起きている争いごとに改めて眼を向けた。先程までは定期的にこちらを睨めつけていた紫の双眸は現在、アルカディア国王、レオンティウスにのみ向けられている。
そして狼の、その薄い唇からは聞くのもおぞましい位の雑言罵倒が国王に向けて次々と放たれている。
それらの言葉に国王は何も返さない。ただ悲しげに金色の瞳を陰らせるだけだ。

「かわいそうに」

二人は自分達の関係を知らない。何も知らないまま、殺しあうのだ。
エレフにとってレオンとは、奪われた半身と同等の存在であるというのに。
レオンにとってエレフとは、そのてのひらからこぼれていってしまった大切な宝石そのものだというのに。
彼等がそれを知ることはないのだ。

フリュギアは深く息を吸い、その唇から可憐なコーラスを紡ぎだした。その時にはもう既に、姉妹達は全員、それぞれの音域で歌い始めていた。
そしてフリュギアの声がそれらの歌声に混じり、姉妹達のコーラスは一つの大きな波となった。

ふと、フリュギアは一つの視線と眼が合った。瞬時、交錯する黄と紫。
しかし彼は一瞬こちらを訝しげに見つめただけで、すぐ視線を元に戻してしまった。どうやら既に六姉妹の歌声まで聞こえてしまっているらしい。
フリュギアは黄色の瞳を感慨深げに細めると、更に歌声を張り上げた。
同時にコーラスは大きくなる。


 ( そう、聞こえているのなら聞いていきなさい。冥土の土産に。 )


そんなことを考えながら歌った。



end



神様は皆残酷だけれど、優しすぎるのです。

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