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□ボコ愛 07:殴られた
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月の王はあくまで人の子である魔法使いを愛し、魔法使いはあくまで化け物である月の王を愛しましたとさ。


「"私の愛した"魔導元帥には、ここで死んでもらおう」


だから月の王は、ここで"愛する"者を殺すことにしたのです。
そう、"人の子である"魔法使いを、殺すことにしたのです。





「久しいな、黒騎士。傷の調子はどうだ」
「…既に完治しております」
「はは、私は本気のつもりだったんだがなあ…相変わらずお前さんは時間に疎まれすぎだろう」
「……その"時間"を操る魔法使い殿にそう言われてしまっては、俺はどうしようもありませぬ」

悩ましげな溜め息を吐きながらかの黒騎士は「それでもこの身体になってからあそこまで再生するのに時間がかかったケースは今回が初めてのことだったので、今度こそ死ねるのだと安堵していたのに…」と物騒なことを真顔で呟く。
その言葉に魔法使いはぞわりと身の毛がよだつのを感じながらも彼にささやかな抵抗を示してみた。


「いや、でもお前さんが死んだらルージュ嬢はどうなるんだ」
「………」
「朱い月が死んだ以上、真祖や使徒共の力関係は大きく変わってくるだろう。その時アルトルージュの側にお前さんがついているかついていないかで、彼女の立ち位置は大きく変わると思うぞ」
「……その主上を御隠れあそばしたのは誰の所為と御思いか」
「私のせいだなあ。…そしてそれがアイツの望みでもあった」
「…………主上が御隠れになったらアルトルージュ様の騎士となるのが元来からの契約内容。それだけは何があっても違えませぬ」
「……それでいいんだよ、それで。んじゃ主を鞍替えしたばかりの黒騎士殿に私が一つ、重大任務を押し付けてやる」

すると案の定、黒騎士は無表情のままで非難めいた視線をこちらに向けてくる。
お堅い騎士がこちらの予想通りの動きをしてくれたのが愉快で、魔法使いは皺だらけの顔をくしゃりと歪め、くつくつと笑った。


「アルクェイドは、私が預かる。アルトルージュにそう伝えておけ」
「……………正気ですか?」
「私はいつでも正気だ」
「…理由は、」
「このままここに居たらあの子の為にならんと思った」
「たった…たったそれだけの理由ですか」
「ああ、これだけだ。そして逆を言えばこれだけで十分ということさね」
「……そうですか」

では、と続けられた言葉と同時に鈍い音が辺りに響く。

するとそれを契機に、魔法使いは自身の右側の視界と聴覚が完全に途絶えたことに気が付いた。



そして魔法使いは自身が今、どのような状況下に置かれているのかを即座に理解する。
突然右側の頭部の感覚が働かなくなってしまった原因は、黒騎士が魔法使いの頭半分を拳一つで吹き飛ばした所為だったのだ。


「…………!」

魔法使いは驚いて目を見開く。
それは決して自身の頭が半分なくなったことから来た驚愕ではない。
それは、その飛ばされたはずの右半分の"頭部"が、急激なスピードで再生していることから来る驚きだった。


「………本当に、人間でなくなられたのですな」


その異様な様子を冷静な眼で見つめながらも、どこか感慨深げに黒騎士はそう言った。
その合間も、魔法使いの頭部は異常すぎるはど高速なスピードで再生されていく。
そして最後にパキ、と軽い音をたてて魔法使いは先程と幾許も変わらない姿でそこに存在していた。


「うわっ気持ち悪っ!気持ち悪い俺の身体!!」
「……貴殿の反応は予想外のものばかりですね。自身の身体を気味悪がるとは…」
「いや、そもそもの原因がお前じゃねえかよ黒騎士!不意打ちなんてらしくねえ!」
「それはつまり、殴りますよと宣言した後なら好きなだけ殴らせていただけるということでしょうか」
「……だが断る!そもそもなんで私がお前に殴られにゃならんのだ!」
「…代価です」
「……は?」
「所謂等価交換というものを俺は実行したまで。そうでなくては俺が主でもない貴殿の命に大人しく従ったように思え、癪に触ります」
「…………」
「……何か?」

主が主なら部下も部下だと魔法使いは心底思った。
朱い月も使徒の姫君も相当の酷さだったがそいつらに付き従っているこの黒騎士も、それらの主達に相当感化されている。

単刀直入に言うと、……こいつ、性格悪ぃ。

「…まあ何はともあれ代償はいただいた為、妹君の件についてはアルトルージュ様にきちんと報告しておきます」
「先程とは打って変わって、随分と殊勝な態度だな」
「実の所、妹君のことはアルトルージュ様御自身も危惧していたことなのです。あの御方は出来ることならまだ幼いかの姫君を、これから始まる使徒達の醜い争いに巻き込みたくないと思っていらっしゃった」
「……つまり、私なら丁度良い隠れ蓑になると」
「そういうことです」
「分かった。そういうことなら今すぐアルクェイドを匿おう」
「…お頼み申す」

黒騎士のその言葉におうよ、と軽いノリで答えた魔法使いの眼は現在、以前のような透き通った藍色でなく、血のような鮮やかな赤色に染まっている。

……本当に、我々と同じ化け物になってしまったのだな。

先程は思わず呟いてしまったその言葉を黒騎士はもう一度心の内で繰り返し、恐らくは庭園内にいるであろうかの姫君をここへ連れて来る為に踵を返した。

…ああ、主上は自身の愛した"人間である"男を自分と共に葬ったのか。

その事実を静かに胸の中に仕舞いながら。



( 殴られた )



end

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