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□ボコ愛 04:叫ぶ
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そこはまるで、私が初めて彼女と出会った時のような景色だった。
さわさわと風に合わせて静かに揺れる枯れ果てた鳶色の草木の紡ぐ音色が耳に響く。
そして闇に包まれた空にはまるで血濡れたように朱く、そして不自然なくらいなまでに大きな月が浮いていた。
そんな普通のようでいて、実のところ異常以外何とも表現のしようがない風景の中に、これまたぽつんと不自然なくらいに浮いている存在が一つ。

見覚えのあるその存在の、以前は腰の辺りまで伸びていた艶やかな髪は現在、肩のところで綺麗に切り揃えられていて、以前は生気を感じさせないほどに虚ろだった赤い瞳にも、今ではどこか光が灯ったように見えた。


「美しく、なったな」


思わずこぼれた、そんな単純な言葉の羅列。
しかしそれは彼にとって心からの称賛に他ならない。
少女にもそれは自然と伝わったのであろう。柔らかく眼を細めるとありがとう、と静かに礼を言った。


「…あのね、ゼル爺」
「なんだ?私の可愛い愛娘よ」
「私、生まれて初めて人を愛したわ」

普通に、どこにでも居そうな男の子を。
まあ、彼も多少は異常なのかもしれないけれど…それでも人間という括りからは外れない程度のものだしね。
……あのね、ゼル爺。私今とても幸せよ。とってもとっても、幸せなの。


「……でも、でもね、爺や」


そこまでまくし立てる風に言った途端、突然何かを堪えるかのように震え出す愛し子の両肩。
艶やかな赤い唇の隙間から覗くのは、鋭く尖った純白の犬歯。


「私……志貴に殺してほしい」
「それは…何故?」
「だって、殺してもらわなくちゃ、このままじゃ私、志貴を、志貴の、血を…」

かたかたと何かに怯えるように華奢な両肩は今だに震えている。
想い人の名を縋るように呼び、赤い瞳に涙を溜めながら憂いの表情を浮かべる白皙の美貌は見ているととても痛ましい気持ちになった。
ああ、吸血衝動を我慢するのが既に限界のところまでこの娘は追い詰められてしまっているのか。
老いた魔法使いは血の繋がらない娘の気持ちを想い、寂しげに顔を伏せる。
自分の力ではこの少女の渇きも、苦しみも癒してやることができない。
例え五つある奇跡の一つをこの手に収めようとも、肝心な時には何もしてやれぬ。そのあまりにも無力な己を嘆いた。

ああ、私は……俺は、また愛する者を喪うことしかできないのか。
手を伸ばせば届くような距離なのに、また、俺は。

顔を伏せたまま目を閉じる。
すると脳裏にはまばゆくも凶悪で、この世で自分が最も愛した金色の化け物の姿が浮かんだ。


(きっと、彼等はこういう種族なのだ)

(愛しい者に殺してもらわねば、救われない)

(そんな、悲しい血の定め)













その後、私の元に白の吸血姫の訃報が届いた。
風の噂によると彼女を殺したのはごく普通の、本当にどこにでもいそうな人の子であったらしい。




( 叫ぶ )






あの時あの場に彼女がいたのはもしや偶然ではなく、養父である自分に対する彼女なりの惜別だったのかもしれないと、今ではそう思う。




end



きりきりと心が、悲鳴をあげている。
私の手には、もう何ものこってなどいない。

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