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□ボコ愛 08:泣きわめく
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あの人のことが憎くなかったのかと問われれば、私は即座に「NO」と答えただろう。
ああ、そうだとも。私は少なからず彼のことを憎く思っていた。
もし私に彼と同等の力が備わっていたとしたら絶対にこの手で葬っていただろう。そう断言できる。
だけど私個人の"化け物"としてのポテンシャルはとても低く、それだけでいくならあの人の右腕と称えられていたかの黒騎士のほうが余程化け物地味ている。
しかしそんな彼が現在は自分よりも遥かに能力的には劣る私に仕えているのだから、力だけが全てとは言い難い世の中になったとも思う。(まあ黒騎士に関しては例外なのかもしれないが)
今では戦争ができても、政治ができなければやっていけないんですものね。


「アルトルージュ様、」


いつの間に背後へと控えていたのか、黒騎士が私を静かに呼ぶ。
今まで上辺だけで飾られ、崇められていたその名前はこれまで私に不愉快なものばかりを与えてきたが不思議と、彼がその名を呼ぶ分には全くそういったものを感じたことがない。
…だからこそ、私は彼が欲しいと感じたのかもしれない。


「どうしたの、リィゾ」
「仰られた通りアルクェイド姫を魔導元帥に預けて参りました」
「そう、ありがとう。あと…ゼルレッチの肉体はどうだった?」
「試しに頭部を半壊してみたところ、二分弱で完全に再生致しました。…やはり彼の身体は確実に使徒化しています」
「……その親は、やっぱり、」
「今はお隠れあそばせられた主上に間違いありません。自分と同じ血のにおいが彼の血液中に混じっているのを感じましたが故」
「成る程、ね」

この世界で現状では五人しかいないといわれている魔法使いの一人でありながらも、世界中を恐怖に轟かせた魔王の血を体内に流している吸血鬼であるとは…随分と化け物らしい化け物になったものだ。
まあ、彼の性格を考えれば先に起こるであろう大戦には面倒臭がって参加しないに違いないであろうが。
……だからこそ私は、彼にあの子を託したのだ。


「…アルクェイド、」


幼い貴女はまだ、純粋なままで居て頂戴。



+++



まず最初に、頬をひっぱたかれた。
その次に、憎まれ口を散々叩かれた。
しかし好きなようにけなされるのは私の性格に合わないので、反射的に言い返してしまった。

「お前だって、散々あいつを憎んでいただろうが」

私のその言葉を聞いた瞬間、続いていた猛攻がぴたりと止む。
そして、後に私は己の行いを心底悔やむことになるのであった。

ぼろり。彼女の赤い瞳から大粒の涙が溢れた。
それを機に、堰を切ったかのようにぽろぽろと両眼から透明なしずくがこぼれる。


「……、うう、う、」
「えっちょ、えええ!?」
「っ、うえぇ、」
「何で泣くんだ!!〜〜っあーもう!泣くなよ!」
「っ、元はいえば、あんたの所為でしょうがっ」

しゃくりあげながらもぎゃんぎゃんと子供の言い訳のようなことを口走る姿は一見、彼女の幼い見目に対して年相応であるかのように見える。
が、実際のところ彼女は自分より何百年も長く生きていることを私は知っていた為、その光景に背筋が凍るような錯覚をおこした。


「……なんだよ、今まで散々殺したいほど憎い憎いと言っておきながらも実際に死んでみると実は大好きでしたっていうことか?」
「この涙はそんな単純なものではないわ。現在私の心内に渦巻く失望と、歓喜と…あとは、そうね……私の中に含まれるあの人の遺伝子が私に泣くことを促しているのよ」
「なんだその嘘臭い理由」
「嘘ではないわ。その証拠として…本来感情を持っているはずがないアルクェイドも、あの人が死んだ瞬間泣いていたわ」

涙という言葉もまだ知り得ない、人形のようなあの子が、ね。
流れ落ちる涙を乱暴に拭いながらもアルトルージュはそう言った。


「憎んでいた。本当に、心の底から大嫌いだった。それなのに…不可解窮まりないけれど、私の中に在るあの人の血液が私に泣けと促してくるの」

……皮肉ね。死んでもなお解放してくれないなんて、本当に酷い遺伝子だわ。
私が望んだことは実際、あの人が死んだ今でも何一つとして実現しちゃいないんだもの。
私はただ自由になりたかっただけなのに…ブリュンスタッドの血が私を離してくれないのだから。


「…アルクェイドを頼んだわよ」


だからせめて、あの子だけでも。


「からっぽのあの子に色々と詰め込んであげて。そして、あの子が私と同じ、人のような存在に成り得たその時に、私はあの子の前に現れましょう」

「…実際のところ、私が姫にしてやれることといえば、詰め込む前の土台を敷くことくらいだがな」

まるで自嘲しているかのような物言いをする魔法使いであり、吸血鬼でもある男に対し、それでも構わない、と黒の吸血姫はシンプルにそう返した。


「もしあの子がおかしくなってしまった暁には、あの子がその時愛していた男を、私がぐちゃぐちゃに潰すわ」

例えあの子に恨まれたとしても。
私には、あの子を傷付けた存在を肯定することなんてできない。

そしてその言葉を否定できない程度には、魔導元帥もその、黒い少女のことを理解していた。
その上で、できることならそんな日が一生来なければいい、とも思った。



( 泣きわめく )



end


だけど起こってしまったロアの悲劇。

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