記憶のカケラ
□A spell for cold
1ページ/1ページ
いつもと変わらない、まだ冬の寒さが残る日の朝のこと。ただ、今日は"いつも"とは少し違った。
「う〜…」
ベッドの上でもぞもぞしながら唸る。いつもなら目が覚めたらすぐに起き上がって行動を開始するのに、今日はそんな気持ちにならない。寒気がするし、関節は痛むし、ぼーっとするし…。
「あ〜…ヤバい」
ズビッ、と鼻をひとすすり。
風邪引いたわ。
**********
「大丈夫?」
「…なんとか」
心配そうに声をかけるウィルに返事を返す。ちなみに俺はまたベッドの上。朝と違うのは、今の俺の頭の上に濡れたタオルが置かれていること。ヒンヤリしていて気持ちがいい。
「最近、ちゃんと休む時間がなかったし…疲れがたまってたんだね」
「…かな」
ついさっきのこと。ダルい体に鞭を打って出発の準備をし、宿を出るちょうどそのとき、俺は倒れてしまったのだ。
幸い、宿内での出来事だったからすぐに部屋も確保でき、今日1日は休養をとることになった。
「その調子でいったらまともに戦えないままモンスターに食われちゃうだろうし、今日はしっかりと休みなよ」
「…ごめん」
「いいよ。
まぁ私としてはそのまま行ってケイがもぐもぐされるのを見るのも面白いけどね+(ニヤリ)」
「Σ実はそんなこと考えてた!?」
クソッタレ。目の前でそんなこと言うのかい。
でも…あ〜、クソ、シャレにならなさそうだ…。もぐもぐうまうま食べられてたまるかよ…。
「コホッ」
っと、ウィルが咳をする。
うーん…このまま俺の近くにいたら風邪が移るかもしれない。ウィルも疲れがたまってるだろうし…。
「ウィル、ありがとう。薬も飲んだし、たぶん大丈夫だから部屋戻りなよ」
「え?でも…万が一ってこともあるだろ?」
「大丈夫だよ。それよりもウィルに俺の風邪が移った方が大変だろ?」
「ああ、それなら平気さ。馬鹿は風邪引かないって言うし+(ニッコリ)」
「…その言葉を笑いながら言う奴を初めて見たよ」
「そいつは嬉しいね」
「別に褒めてねーよ」
皮肉を言ってるのに、それをプラスに捉えられる。ある意味それは才能だろう。初めて料理を食ったときもそうだったな。
とはいえ、本当にウィルに風邪が移っても困る。なんとかウィルを説得し、部屋からでてもらった。
はぁ…いつも以上に疲れたし、少し寝るかな。
***********
「ふあ…」
ようやく目が覚めた俺は、上体を起こしてあくびをした。さっきよりも熱は引いているようだ。寒気もあまりない。外を見ると、少し太陽が傾いている。
…結構寝てたな。
喉が渇いていたので、ベッドの近くにある水差しに手を伸ばす。と、そのときだ。
「ケイ、恵方巻を買ってきたよ」
「…え?」
ウィルが入ってきた。何故か二本の恵方巻を持って。
「ほら、向こうの方向を見て、食べ終わるまで何も喋っちゃいけないよ」
「…?…ああ」
言われるがままに恵方巻を食べる。もちろん黙ったまま。最後の一口を飲み込んだ。
…一体なんなんだろうか?
「よし、これで一年間は健康だね」
…?どういうことだ?
「ケイ、今日は何日だい?」
「今日は…2/3だけど、何か関係があるの?」
ますますワケが分からない。そんな顔をしている俺を見て、ウィルは肩を竦めながら言う。
「知らないのかい?今日は節分の日じゃないか。この日にその年の方角を見ながら恵方巻を食べると、一年間は健康でいられるってまじないさ。今年は丑年だから、一時の方向だったわけ」
「へ〜…。豆まきするだけの日じゃないんだ」
「そうさ。豆まきも考えたけど、今のケイにはきついだろ?早く体調治すように、ってことさ」
「…ごめんな、心配かけて」 俺は頭を下げた。
「全くだよ」
…あれ?さっきよりウィルの声が近くから聞こえる。
ふと顔を上げたときだった。俺とウィルの顔が重なった。
「〜〜!」
口に衝撃が…!!
「これは私からのまじないさ。これで治らなかったら許さないよ?まだまだ旅は続くんだしさ」
じゃね、と何事もなかったかのように去っていく。少し見えた顔は、少しだけ赤くなっていた。
「…あんなことされたら、治るもんも治んねえよ」
ボソッと呟いた俺も、顔にほてりが残っているのを感じていた。
**********
「コホコホッ」
「…だから言ったのに」
案の定、次の日に俺は治ったが、今度はウィルが寝込む番になった。あんなことしたから移ったんだよ…、と心の中で呟く。
――今度は俺の番だな。
fin.