捧げ・戴き小説
□Short rest
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惑星ネーデのとある施設。人里から遠く離れた、獣道しかない山林の中にそれはあった。
研究所内の中心に設けられた巨大な一室は、研究に用いる資料やら解析用のコンピュータ、大量のコードやカプセルなどを設置して、ある壮大なプロジェクトを進めていた。
神の十賢者計画――この計画により、惑星ネーデが滅ぶことになるとは誰も知る由はなかった。
この話は、その時代にあった、平和で小さな出来事。
※
「…中枢神経に接合しました。脳波、異常なし。拒絶反応も今のところ発生していません」
ピピピ、ピピピと機械から発せられる音と共に、緑色のランプが点灯する。それを確認した銀髪の男性が、隣に立つ白衣を纏った女性に告げる。
報告を受けた女性はこくりと頷き、別の動作をチェックしている研究員たちの方を見る。女性の視線が注がれるのに少し遅れて、また緑色のランプが点灯し、研究員らが完了の合図を送る。
「今から『民衆統轄素体:ハニエル』の調整に入るわ。稼動前の最終段階だから大きな問題は起こらないはずだけど、全員注意するように。…ルシフェル、頼むわ」
ルシフェル、そう呼ばれた銀髪の青年は、その端正な顔を何一つ変えることなく頷き、返事をした。
「了解しました。では、書き込み準備に移る、まずは――…」
―――――
研究室から少し離れたレストルームの隣にある中庭に私は居た。
「はあ…」
周りに誰もいないことを確認すると、思わず溜息がこぼれてしまった。
庭の一角にある大きな木の根元に腰を下ろし、目を瞑る。
「やっぱり来れないんだろうなぁ…」
ポツリと呟くと、私はそこから研究室の方角へ視線を送る。当然、壁があるから中の様子がどうなっているのかなんてわからないが。
しばしそちらを見つめ続けるも、結局何も見えないんだからと視線を戻し、再び目を閉じた。
――最近、全然話してなかったから、少しだけでもと思ったんだけど。
十賢者の一人として最も早く個体が形成されたのは彼、ルシフェルだった。『十賢者監視』という役割を持つ彼はその役割柄知識も他に造られた十賢者たち――といってもまだ2人だけど――よりも豊富で頭も切れる。
私はそれなりに知識はあるほうだし、頭も悪くな…って、私のことはどうでもいいの。そんな彼の頭脳を、最近ではお父様たちが自らの研究に利用している。
近頃は父個人の研究とは別に同時並行で進んでいる"3人目"の方にも加わっている為に、全然会えないのだ。
サアっと音を立てて木漏れ日が私の顔を照らす。
思わず閉じていた目を開き、顔を上に向ける。
まぶしさに目を細めつつも、その暖かな光に口許が綻んだ。
「忙しいことはわかってるけど…」
空を仰ぎながら、私の唇はそう紡いだ。
彼がいろいろと引っ張りだこになっているのは知っている。
ルシフェルが関わった研究は全て高評価を得ており、更に高度なことを解明する為に彼が必要なのだ、と誰かが言っていたのを思い出す。
あちらこちらに行くことになって、前みたく話をする時間も、一緒にいる時間も、会うことも段々と減っている。
だから、折角昨日誘ってみたのに…。
辺りをもう一度見渡すが、やはり誰もいない。
もう一度、今度はふうっと息をついた。
――寂しいのかな?私。
そんな考えが頭をよぎった。たぶん、そうなのだろうと自分で答えを出す。
いっそのこと、こんな研究なんてなくなっちゃえばいいのに。
そうなれば、こうやって悩むこともないし、彼と好きなだけ居られる。
お父様には悪いけど、それでも私はルシフェルと一緒にいたい。
そんなことを考えてる自分に、苦笑してしまった。
人でもないものに彼を奪られちゃってるなんてバカみたい。…でも悔しいな、とも思ってしまう。
「ルシフェル、来てくれるかな?」
と、誰に言うわけでもなく口に出してみると、風で揺れる木の葉が『大丈夫だよ』と言ってくれてるような気がした。
その言葉と木漏れ日の気持ちよさに安心感を抱き、自分の身体をその木に委ねた。
「こんなところで寝てると、風邪引きますよ」
「ん…あれ?」
頭が少しボーっとしてる。いつの間に寝ちゃったんだろう、と目を軽くこすった後、ばっと声の主の方へ顔を向ける。
「るし…ふぇる?」
ポワンとした口調でそう尋ねると、彼はにこりと微笑み「はい」と答える。
日の光できらきらと光る銀色の髪。それとは対照的な漆黒のローブ。整ったきれいな顔立ちに、それに若干のギャップを感じる低音の声。
紛れもなく、ルシフェルである。
「遅くなってしまい、申し訳ありません」
「え?あ、ううん、大丈夫。私こそごめんね。来てくれてありがとう」
謝る彼に笑顔でそう答える。正直、こうやって来てくれるとは思わなかった。自分から誘っておきながらも、忙しい彼の事だから結局ダメなのではと考えていたから。
すっ、とルシフェルが座ったままの私に手を差し出す。
「では、今日はどこに行きましょうか?」
んー、と思案した私は、彼の手を取った。
が。
「えい」
「――フィリア、様!?」
カクン。
立たせようとしてくれたルシフェルの気遣いとは裏腹に、私が彼を引いて彼を座らせた。…かなり強引だけど。
案の定、ルシフェルはなんでそんなことをされたのかわからず戸惑っている。
「一体どうされたのですか?」
彼が私を見て尋ねるが、ただただ笑顔で見つめ返すだけ。
そのまま彼の手をキュッと握る。
「ここでゆっくりしようよ」
いつもはただただ、しがなく過ぎてゆくだけの時間。
慌しく追われる毎日。
誰かを待つ毎日。
今日だけはそれに逆らって。
一緒に休憩しようよ。ね?
Short rest
(ふっと小さく笑った彼は、私の隣に腰掛けた)(それに合わせて身体を彼に預けて目を閉じた)
(このまま時が止まってくれれば、なんてー…)
→あとがき