振りに

□It's now or never
1ページ/1ページ



きみはだれだのいずみくん視点です。






タイミングって重要だ。
なんかが狂うと人を傷つけたり、ものすごい後悔したり。しっかり見極めてかないと取り返しのつかないことに、なったりする。するよな?

初めて声を聞いたのは、1年のとき。天文サークルとは名ばかりの飲みサーの新歓で、ひとりづつ自己紹介をした時。当たり障りなく好きな星とかについて話しながらも、その表情からは一刻も早くここから立ち去りたいと読み取れた。おそらく、隣の女友達に、とりあえずなんか入ろうよ!とかなんとかと、引っ張られて来たんだろうな。1年生どうしよろしくーくらい気軽に言えたはずなのに、彼女に対して何故か出来なかった。案の定その場で入会届けは出されたものの、フラフラな女友達を支え、送って帰ります。失礼しますと頭を下げた彼女を見送って。以来3年間、彼女とは1度も、このサークル活動では顔を見なかった。



天文サークルの活動は、週に1回の文化系サークル棟でのミーティングと、月に1回の構内合宿、3ヶ月に1回の学外合宿、関東圏の大学と合同してやる冬の観測報告会だ。飲みサーとは言ったが、その年の部長によって、部活と相違ないほど熱心な活動を見せたりする。いちおう高校球児をやってた俺は、統率者の色の大切さを知っていて、まあだらだらと飲み会やるよりは、なんかしらのこだわりを持って活動をしている奴が部長で良かったなあと。そんな感じで三限終わりの昼休、部長と、部室で、だらだらと…。


「三年来ねーなー」

「まー、俺らもすぐ就活生ですがー」

「あっとゆー間だな。なんかオレ高校んときより時間流れんの早い気がするわ」

俺はどうだろう。早いような気もするけど、なんだろう、高校の時のがつまってた気はする。うん。

「そいや、院目指してるコいたよな」

「は?うちのサークル?」

「たしか。まさに幽霊部員だけど」

第2図書室でよく見る。たまに資料室。
部長すげぇ。情報すげぇ。つーかこいつの記憶力すげぇ。人間の真面目さってこーいう時に出るよな。幽霊部員だろうがなんだろうが、部長としていろいろ把握してんだな。てか、その幽霊部員のこと覚えてんの、俺だけだと思ってた。俺だって、食堂とか必須履修科目の講義では見かけてたし。

単位調整の講義を受けて、第二図書館に寄る。俺の学科棟から思ったより遠い。3年通ってても、行かねーとこは行かねーよなー。時間にしてまだ15時は過ぎてねーのに、まあまあ寒い。ポケットに手をねじ込んで、ネックウォーマに顎を縮めて、足早に向かう。なんで俺、第2図書館に向かってんだろ。や、…ただ気になっただけだし。
ただ気になっただけの幽霊部員は、図書館の1番奥にいて(マジでいた)、身体を上下限界まで伸ばし、分厚い本を大量に詰め込んだ棚と格闘していた。力いっぱい伸ばされているであろうその身体は、爪先立ちのせいかぷるぷると震えていた。あぶねー…。脚立借りたり誰かに頼めばいんじゃねーの。司書に男いんだろ。


「これスか?」


とっさに、彼女の指がからぶるそれを本棚から抜き取る。でか。重っ。あ、もしかして今のって、超自然に後ろドン?いや不審者すぎるわ。てゆうかいきなり後ろから接近て、ほんと、普通に、不審者…。よくわからない緊張をしながら、その重い本を差し出す。題名が日本語で書かれていないとか気にする以前に、こんな重くて分厚くて真っ黒な表紙の本、俺は今後俺の人生において読むことはないのだろう。ねーわ。
少し驚いた彼女と目があったけど、視線はすぐに本に落とされた。やべ、もしかして違うやつだったか?


「ど、ど、どうも」

本棚の天辺に伸ばされていた右手が分厚い本に重なる。さすがに片手で持つのはしんどかろうと思い、抱きしめやすいように本を傾けて渡す。ぎゅ、と唇と本が軋む音が聞こえたような気がした。そのまま広瀬…さん、は、ぱたぱたと足早に図書館を出て行った。どうやらお目当てのモンだったらしい。良かった。





勝手に、"しっかり者のイメージ"があった。あんな、顔、するのか。置いてけぼりを図書館で喰らってから幾日、あの顔が脳裏に張り付いてて、1人でボーっとするたびに思い出したり考えたり。考え事しながら歩くの、割と好きかも知んねーわ。たのしー。耽りながら廊下を歩いていると、大量の紙の束と分厚い本を抱えた幽霊部員の広瀬…が、すれ違い様に派手に肩をぶつけ、その紙の束を紙吹雪のように撒き散らしている現場に遭遇した。近くにいた友人らしき女子も一緒に紙を拾おうとしゃがみこんでいた。てかぶつかった男は素通りかよ。
拾うのを手伝おうと歩を早めようとしたが、止まる。数枚拾った女子は、広瀬になにか囁かれ、頭を下げながら足早に学科練の方に消えてしまった。多分、講義の時間がヤバイからとかで、広瀬が気ぃ遣ったんだろうな。て、勝手に推測してみる。足早に去る女子を見送って、また歩を進める。
また2人きりだ。
図書室のときより、長く話が出来るだろうか。

きっと、俺の親父やお袋だって、そのタイミングの罠を掻い潜って一緒になったんだと思うし、タイミングが重なって、俺が産まれたんだと思う。いやこれ哲学にすらなってねーけど、そういう事だと思うんだ。


多分もう、チャンスは無いと思うんだよ。
拾い上げる指に、力がこもる。




[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ