振りに

□甘色の爪
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3時のおやつどき、閑散とした電車に揺られ、一昨日新調したピンクのジェルネイルを見つめる。五千円で1ヶ月もつけど、毎月となるとちょっとお高めだ。高校時代、制服は自由でも爪を塗るのはなんとなしに自粛されていたし、もともとみなりに気を使っていなかったわたしは、進学して、大学デビュー?をわたしなりにしようとして、なんとなしに指したネイルを花井くんに褒められ?て、それからたまあに、ホントにたまあに、やってみたりするのだ。いやあ。花井くんに指先まで左右されてますよわたし。
…指先どころじゃないなあ。とゆらゆら眠くなる頭が、あの青春時代を思い出す。まだ2年も経っていないのに、どうしてこんな、眩しいんだろう。







ほんとにたいへんだった。わたし、どちらかと言うと理系だったので…。





花井くんと同じ大学に行きたい!と息巻いたのは高3の初夏。はないくん、隠そうともせずギョッとしていた。やりたいことも特に無くて、でもお仕事してる自分も想像出来なくて、わたしに負けないくらいのんびりしているお父さんからも、なあんにも言われなくて。成績とかほんと、居残りならない程度にしか気にしてなくて。あ、居残りになったらなったで、花井くんの部活終わるまでだらだらしたりしてたけど!そんな感じで。
あれは暮れなずむ夏の始め。わたしのやりたいことってなんだろう…考えても考えても本当に思いつかなくて。予選も始まって、忙しい花井くんの部活終わりを、首をながぁくして待っているとき、ふと思い至った。わたしのやりたいことって…花井くんと一緒にいることだなー。
と、言うわけで、本当にこんなわけで、わたしの進路が決まりました!正確には希望の進路が!


「わたし!花井くんと同じ大学行きたい!」


帰り道、肩を並べる花井くんに、そう告げた。絶句って、こういうときに使うんだなっておもった。今まであきられたりポカンとされたりすることはあったけど、まさにそう。多分、あれが絶句。


そこからわたくし広瀬さきの、壮絶なる受験勉強が始まる。推薦で決まっていたようこちゃんに必須科目をみてもらったり、野球部の皆様の勉強会に入れてもらったり(花井くんめっちゃいじられてた)、特にテスト開始きっかり20分で眠くなる英語は、ありがたすぎる彼氏様のおかげで、ちみちみ、眠くなる呪いを解いていったのだ。逆に、苦手科目が英語でよかった。万が一にも、わたしが一番得意とする数学が苦手だったとすれば、英語以上に苦手なあのタレ目さんに、何時間でも怒号をくらっただろう。

「もうちぃと、さ…」

「う〜ん?」

「早く言ってくれよう」

英語の問題集から目を離して花井くんをみる。眠いけど、息もかかるくらい近くにいるのでさすがに聞き取れた。だって、やりたいことなくて、だったら花井くんとちょっとでも一緒にいて、やりたいこと見つけよっかなって。むにゃむにゃ言ったら、花井くんちょっと赤くなった。はー。1年の頃より身体がっしりしてきたのに、照れるタイミングとか、言葉とか、全然変わってないのぉ。


花井くんの第一志望は、都内の、まあいわゆる難関と言われる私大だった。妹さんも2人いるし、私学は遠慮していたらしいのだが、どうせ都内に進学するなら、文系で就職率の高い大学を目指して欲しいと、おばさんに言われたらしい。わたしもお父さんに相談したらふたつ返事だった。「愛の力は偉大だな」とよくわからないことを言っていたが、やるだけやってみ?と応援してくれた。あーっす!野球部の真似してみた。


花井くんの最後の夏大が終わると、あとはもう怒涛だった。花井くんにバイト代出しても良いんじゃない?かってくらい、つきっきりで英語をみてもらった。うわ、遅めの青春だわ。青ざめてる方だけど!とひとりツッコミを連発出来るくらいには、英語も眠くなくなってきた。あ、バイト代だけど、お父さんいっつも遅いので、わたしのおうちのときは、ね?こう、いちゃいちゃいちゃいちゃ…わたしはしたかったのだけど、花井くんはわたしの英語が不安でそれどころじゃなかったらしい。お礼のちゅーも、なんか、あんまり、反応なくて。倦怠期か!とかじゃなくて、そんなにわたし偏差値ヤバイか!て冷静になった。わたしのことなのに、わたし以上に考えてくれてる花井くんが、ほんと、…あーーっす!



合格発表当日、絶望した。
あの日のことは多分一生忘れない。張り出された受験番号達の中に、わたしの番号は、…あったのだ。しかし問題は、…問題が…。


「ほんと、ミラクルとしか言えん」

花井くんはあきれも絶句も通り越して、奇跡を感じていたらしい。合格で喜ぶ人混みの中、わたしはといえば、ショックで涙が止まらなかったのである。


「俺さ…ちゃんと資料渡したよな?」

「…ゔん」

「よく確認してくれよ…あぁ。はは、俺も詰めが甘かったかなー。まぁそんな遠くねぇし、お前よく頑張ったよ」

「…っ…っう」


「たまに、そっちにも顔出すし、さきもたまにこっちの講義受けてみ?」


見識深まるし友達増えそうだし。と、わたしの素敵な彼氏さんは前向きに笑った。わたしの頑張りを誰よりも知ってくれていて、誰よりも側でわたしを助けてくれた。なのに、わたし、この笑顔に甘えていいのだろうか。いくない。全然いくない。わたし、こんなことなら、最初から花井くんと同じ学部に絞っていれば良かった。


「おら、泣くなって。合格おめでと」


そう。わたしの受かった理工学部は…花井くんの法学部と、キャンパスが違うのだった。しかもひと駅も!




プシューと扉が開いてホームに降りると、車内とは一転学生街らしく、若者たちの闊歩する気配が濛々とあった。改札口には、メガネにニット帽と、わたしの編んだ青いマフラーを深めに巻いた、大好きな大好きな法学部生がいた。今日は、花井くんが受けてる講義をわたしが受けてみちゃったりする日だ。いちおう、こっそり。迎えに来なくていいよといっても、花井くんは毎回駅まで迎えに来てくれる。優しい。キャンパス違くても、優しい花井くんは全然変わらない。むしろ愛深まっちゃってる⁉︎



「や、もう詰め甘くしたくねーから」

「真顔で言わないでよ…。知らない人には着いていかないし、場所もさすがに覚えたよ」

「なんか、思い出してた」


えっわたしも!ともろに顔が喜んじゃってたのか、花井くんは少し呆れていた。ふひひと笑ったのを見られたくなくて前髪を触るふりをしていたら、花井くんがネイルに気付いて指を絡める。そのままわたし手ごと、花井くんのジャケットに吸い込まれてしまった。













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