振りに

□手が口ほどにモノを言う場合
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葵、行ってやんねーのか?と先輩に投げられて、汗ばんだ身体から、さらに冷汗がつたった。確か5月終わった頃から、よく練習試合観に来てて。いつもはだいたいネット裏でこそこそしてて、目があったら青ざめるんだが。さすがに学習したんだろう。今日は、レフト側の席でじーさん達と楽しそーに観ていた。俺が気づかない、とでも、思っているのだろうか…。おい広瀬!とぶっきらぼうに呼びかけるとビクッと肩を揺らす。




「おっまえなあ、来んなつったろ」

「ひ、酷いですズッキーパイセン」

「怯えてんのか馬鹿にしてんのかどっちかにしろよ」

「怯えてなんかないですよっ」

「馬鹿にはしてんのかよ」





適当にクールダウンして肩冷やして、軽くミーテして、現地解散。こっちのグラウンドですっと帰りが楽だ。先輩らに挨拶して涼と落ち合って荷物整理してタオルをもらう。うだるような暑さにはいい加減慣れたが、汗は、試合終わっても止まんねぇ。コンクリがゆらりと歪む。
はー。この時期のエナメルは、開けるたんびにヤバい。夏大終わってからのジメりがぱねぇ。これ洗濯する世の球児の母親たちを尊敬せずにはいられない。
てか先帰んなって釘刺しといたんだが、遅ぇ。


「俺先帰るわ。今日の整理する。じーさんらにビデオ貰ったし」

「おー」

「お前、今日立ち上がりイマイチだったの、自分で分かってる?」

「…おー」

「監督は問題無して判断してっけど」





反論は全く出来ない。いや俺だけじゃねーわ高校球児の投手なんて思春期成長期全開なんだから立ち上がりなんて毎試合まちまちだろーが。て、じーさんらが言ってそうな言い訳を思い浮かべて、自分に思春期とか使っちまってビミョーな気分になる。
涼は額の汗を拭って、まーさすがに分かってると思いますがネ、それよかデカイ問題がありますよネ、と呟く。荷物を拾って炎天下のヒノモトに歩き出した。は?なに?意味深かよ。てか涼って「涼しい」って書くのになんだこの暑さ。7月も8月も終わってるわ、アホか。
入れ替わるようにして広瀬が来た。走んなあぶねぇ。お待たせしましたカバン持ちまぁす、と躊躇なくカバンを拾い上げる。「くせーから」と取り上げようとするも、ヘラリと笑って歩き始める。かわされた距離に変に焦って、つられて踏み出す。

今日もパイセンかっちょ良かったです。おじさんたちがいろいろお菓子くれました。おじさんたちと観るのもいいですね。これからおじさんたちと観ようかな。おじさんたちも先輩のこと男前だって言ってました。涼先輩は今日もクールに捕球してらっしゃいましたね。おじさんたちわかりやすくいろいろ説明してくれます。
こいつ俺が疲れてあんま話聞いてねぇとか思ってね?8割「おじさん」なんだが。大丈夫か。
家に向かう歩道。広瀬はずーっとなんか喋っている。俺はほぼ空返事をしつつ、細い肩から背中に引っかかるエナメルを見つめる。よくわからん。取り返そうと思えば簡単にその重みは取り上げられるのに、俺はそれをしない。年下の、しかも女子に何もたせてんだって話。俺が聞きたい。


「今日はせんぱいの顔、あんま観えなかったですぜ」

「いやネット裏でお前
うろうろしてんの集中出来ねーから。たまに目ぇ合うし。」

「えっ…。えっと、今日はおじさんたちのとこで…」

「それも。前も言ったけど練習試合とか観にくんなって」


日差しに目元を射抜かれて帽子のつばを下げる。なんか、言いたいことはこんなことじゃねー気もするんだが。



「カバン貸せよ」

「いやいやお疲れの投手に持たせられませんよー」

「いいから」

「もうちょっとですし」

「貸せって」

「きゃ、」


そんなつもりは無かったのに、勢い余って広瀬を道端のフェンスに押し付けてしまった。さっきみたいにヘラリとかわされたくなくてエナメルを強く掴んだだけなのに。広瀬は固まってて。小さな身体が肩掛けでフェンスに縛り付けられているような錯覚を起こす。 慌ててエナメルをつかんだ手を離すと今度は広瀬が俺の練習着を掴んだ。


「先輩、やっと怒りましたね…」

「は」

「先輩ずるいです。最初に試合観にこいよって言ったの先輩じゃないですか」

バックネット裏にいると先輩の投げてる時の顔良く見えるから、お、おじさんたちのとこ行ってもやっぱり気づいてくれて、声かけてくれて。ひっ。先に帰んなって、わたしが遅くても待っててくれて、わたしの家まで送ってくれるし、いっつもそう!先輩試合観にくんなって言うのに、ひ!ぅぅん。…ぐっ。こ、こっちじゃなくても必ずわたしが帰宅したかメールくれる!ひっ、ひう。わ、わたしと目が合うから集中出来ないとか!そんなのもう、…だれだって勘違いしちゃうんですからね!

半分、鼻とかすする音ではっきりと聞き取れなかったが、だいたいこんなことを言ってたように思う…。呆気にとられて凝視していた広瀬の頬には涙は無く、混じる嗚咽は涙をこらえるために、しゃべり続ける為に必死だったんだなと理解する。こいつの言ってる日本語はわかるのに、返す言葉が出てこない。それって俺がこいつに言いたい言葉が無いって事なんだろうか。


「…わたし涼先輩になりたい」


顔を逸らさない。


「涼先輩はいっつも、先輩の気持ち、受け止めてるんだなって。羨ましいです」


裾も離さない。嗚咽も止まって淡々と呟く。あ、言いたいこと。


「涼、涼ってうるせー。俺だってお前が涼と話してんの面白くねーよ」

「だってそれは、先輩がわたしのこと…そ…側に置いとく癖に全然話し聴いてないしなにも喋らないから涼先輩に聞くしかないじゃないですか」

「はあ?俺は…お前と、何話していーかわかんねーんだよ…」

「もしかして…涼先輩が私達を2人だけにしてくれてるのも、わかってないんですか?」

「意味わかんねー。なんでアイツが俺ら2人にしなきゃなんねーの」


初めて広瀬がうつむいて大袈裟なため息をつき、こめかみに右手を当てる。なんだよ。変なこと言ったかよ。胸がチリリと焦燥を感じた。言いたい言葉が出てこなくても、コイツはずっとついてきた。でも今、俺はそれについて文句を言われていて、それの所為でコイツを泣かせるほど悩ませている。悩むなら俺に近よんなきゃ良いのに。俺が、たったいっかい試合観に来いっつったのを、律儀に繰り返していて。肌とか焼けるから来んなっつってんのに。来るから。
広瀬がなんかつぶやいて聞き取れなくて顔を覗き込もうとしたら、胸の真ん中に広瀬の頭がペタっとくっついた。気分でも悪くなったのかと心配になって身体を支えるとピクッと肩が震えた。


「…先輩のそういうとこが、ホント素敵だと思いマス」


なんか不機嫌に褒められた。褒められたのか?いよいよ意味がわからないが、何とも無いなら良かった。まだ暑いし、コイツ全然水分取らねーし。


「先輩。わたしが涼先輩とこんな事してたらどんな気持ちになります?」

「…いやお前マジで大丈夫かよ。気分悪りーなら俺の水筒、」


「わたしじゃなくてもこんなふうに、女の子…抱きしめるんですか?」

「…。…んなの想像出来ねぇよ」

「わたし全然気分悪く無いです」

「そうかよ。安心したわ」

「離さないんですか?」

広瀬の顔は依然見えない。道端で何やってんだって話なんだが。痛え。なんか痛ぇ。涼だったら多分、こー心のキビみたいなん、よくわかるんだろうな。だからコイツも涼に相談するし、涼も的確にコイツの気持ちを察して、アドバイス出来て、助けてやれて。いろいろ、ホントいろいろ話し聞いてやれるんだろうな。

「…先輩?」

「離す必要もねーかなと」

お前こそ涼に、こんな風によりかかんのかよ、と自然に声が出た。したら少し身をよじるから、深く腕を回してみる。腹がぴったりくっついてんのに、全然暑くねえ。いや実際身体の熱は上がってる気がしないでもないんだが、広瀬を離す気にはなれなかった。多分コイツ、今離したらまた涼のところに行っちまう。それはなんか嫌だわ。非常に癪だわ。

「せんぱ、っい。苦しい」

謝って、力を抜くと広瀬が顔を上げた。真っ赤に日焼けしてて、また変な感覚になる。1B2Sって感じ。
気づいたら広瀬の眉間に、口を当てていた。驚く腰をもっかい深く抱いて、コイツの前髪を鼻先でかき分けたりしてみる。俺全然暑さ慣れてねーわ。おかしくなってるわ。

「っ…なんなんですか」

「お前が先に寄っかかってきたんだろ」

「な、なん…いや、ここ公道なので!」

今更かよ。公道で気分悪いわけじゃないのに寄っかかってくんのかよ。またお喋りになってしまいそうなコイツを見下ろして、噛み締めた痕のある唇が目に入った。吸い込まれるようにソコに吸いつこうと顔を近づける。


「ふぁに」

「い、い、あ、あの、さすがにそれは…」


俺の口は、広瀬の両手に塞がれてしまった。手ぇ柔けーなー。


「先輩って…言葉は出ないのに…こ、こうゆうの、出来ちゃうんですね…」


身体は小さく震えてて拒否られてんだが、その言葉には全く逆の意味が篭ってるように思った。確かに言われてみればそうかもしれない。言いたいことはすぐに出て来ねーが、やりたいことはすぐ行動に出ちまうかも。


「ほーふぁもな」

「そーかもなって!意味わかってるんですか!?それ本能丸出しじゃないですか!だっ、誰でもいいんですか!」

「ほびえてんのふぁ馬鹿にしてんのふぁどっちかにしぼぼ」

「怯えてなんかいませんよっ」

いーじゃん。お前俺がちゃんと言えなくてもわかってくれるじゃん。ホントは試合観に来て欲しーのも、荷物持ちでもなんでも理由つけて帰り付き合ってくれんのも、俺がお前を泣かせたくねーのも。言わなくても受け止めてくれてたじゃん。あ、なんかわかったわ俺。つーか気づいたわ俺。ヤバい、感性広がるわこれ。身体の奥から渾々と沸き上がる感じ。
ちょっとあなた手を退けなさいな。これじゃせっかく言葉見つけてもなんも言えねーから。
広瀬の両腕をとって顔を覗き込んだ。見逃さないように、コイツのして欲しいこと。今度は俺がしてやるんだ。


「えっと。さきちゃんは、キスより先に言葉が欲しい感じですか?」

日焼けした顔がさらに焼けて、首まで焼けて。広瀬は口を開けたまま、また数秒固まって。
俺は大人しく返事を待ってたら、手を振り払われた。エナメルのまあまあ重いカバンを腹に喰らいよろめいてる内に、広瀬はスタスタと行ってしまった。まじか。なんでだ。











「いやどんだけ。恋愛電波かよ。さすがに引くわ」

「投手だからって女子相手にワンマンはダメだ。自分で痛い奴だってわかってるか?」

「間違ってねーけど間違ってるわそれ」

「お前直球投げてっかもだけど捕る方変化球だわ」

帰宅後、事情を既に知ってるらしい涼にいろいろ、いろいろ小言を言われた。アイツどこまで相談してんだよ。そしてコイツ今までなんも言ってこなかった癖に今日はなんだよ。俺は俺なりに自覚したんだからいーじゃねーか。









20150913