奇妙な冒険

□志半ばに君を求む
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「早いとこケリつけねぇと、どっちにしろ面倒だぞ?」

「…僕だけの都合じゃない」

そんなことは重々承知であるし、そもそもこの感情事態が面倒なのだ。抑えても湧き上がり、辛くとも辛くとも、人が人に惹かれるというどうしようもない。本能といってしまえばたやすいのだが。騒ぐ血が抑えられない。それは彼がその物語の血を引いていようがいまいが、関係ないのであろう。

「都合、ねぇ…」

さて、今日は待ちに待ったリリーとの逢瀬の日である。








狭くはないが一等地と言うわけでもないアパルトマンの一室に、控えめなシャワーの水音が響く。
白く柔らかいバスタオルとどうにか引きずり出した寝間着を手にしたジョルノは、シャワールームの扉を幾分緊張したおももちでコツコツと叩いた。
リリーの返事を待って扉を開けると、白いシャワールームは暖かい湯気で満たされている。思わずボディソープの香りを鼻腔に受けて、シャワーの音を内包するカーテンを凝視してしまう。いつも使用しているはずのそれは、全く別モノではないかと思うほどに、ジョルノの嗅覚を刺激した。

「…カゴに入れておきます、タオルと、着替えと。」

「あ、はい!ありがとうございますっ!すみません」

「十分に温まってください」

足早に踵を返して、浴室を後にする。自分が何を考えながらしゃべっていたかすらわからない、くらりとした感覚におそわれて奥歯をぎりりと噛み締めた。リビングに戻っても湯気に溶けた香りがまとわりつくようでその場に立ち尽くしてしまう。






シチリアに建つ隠れ家の一つは、メッシナ海峡をのぞむ。
リリーの顔を見るのは実に1ヶ月ぶりで、海岸沿いの潮風もジョルノには甘く感じられるほどだった。だがけして、2人は恋人同士ではない。とある館の使用人として働くリリーと名のあるギャング組織のボスのジョルノ。この恋に壁なぞないと誰もが思うだろう。しかしリリーの館の主が主である。リリーを見初めて大切に側に置いていたのであった。
ギャングのボスともあろう彼が彼女を攫ってしまえぬ理由は他にもある。リリーの主への忠誠心はなによりも深く、そしてジョルノの好意に対してよくわかっていないその空気の読めなさだ。むしろ後者が圧倒的にジョルノの心を押しつぶしていると言えよう。

なんとかしてリリーをシチリア島まで招くことが出来たものの、無粋な雨が2人を打った。それだけならまだよかったのだが、リリーが盛大に転けてしまったのである。常々足元の緩い(けして下品な意味でなく)人だとは思っていたが、なにもこんな日までこけなくてもいいものを。そうは思っても隣を歩きながら受け止めることが出来なかったのは他でもない自身で、ジョルノは浮かれている自分に気づくのだった。


「予報では晴れだったのにね」


水たまりをかぶったリリーが困ったように微笑み、ジョルノを見上げる。数秒、見とれてしまいさしのべる手が戸惑う。泥を吸った彼女の衣服でさえ彼女の愛らしさを奪うことは出来なかった。

部下に走らせる車の中でリリーは至極恐縮といった感じで小さくなっていた。先程までこけたことをイカす思い出が出来た!としか思っていなかったリリーがジョルノのジャケットを肩から掛け、すまなそうにシートの隅っこで肩を落としている。ジョルノは笑ってしまいそうなのを耐え、


「寒くはないですか?本当にケガはしていませんか?」


と顔を覗き込む。リリーは慌てたように

「だ!大丈夫です!」

と、手のひらを見せかぶりを振った。やはり、笑みがこぼれてしまいそうである。

「くしゅっ」


小さく響いたそれによって笑いを耐えていたジョルノの顔が引きつった。部下に現在地を確かめてリリーの身体を引き寄せる。


「すみません。少し目を閉じていてください」


そう囁いて大きな手のひらでリリーの瞼を覆うのだった。
















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