放課後の保健室。放課後と言っても夏期講習終わってからの時間だけど。阿部君を探しに、保健室にきた。 扉を開けると確かに人の気配がする。ましろの遮光カーテンの向こうに、阿部君とおぼしき人影を捉える。私は迷わずカーテンをゆっくりと引いた。 「阿部君、」 少年とはもう言えない体躯の青年が、そこにはあった。制服なんてもう袖が短くなっているし、肩幅も少し張っている。しかしこれはどういうことか。たれめの癖してなかなかに強気な彼が、今日はどこか大人しい。…ええそうね。だって体躯だけだものね。 「…広瀬」 「学校では広瀬先生。でしょ」 「……」 ホントはもう一歩踏み込んで「シガポ」先生について一言言いたかったけれど、今の身体だけオトナな彼には、少し後ろめたさを感じる。ふう、まったく。可愛い生徒なんだから…。 「広瀬…先生、」 「なあに」 どこかへたり込むようにベッドに腰掛ける彼が、わたしを見上げる。甘えるような、睨みつけるような。さて、私は彼になにをしてあげられるだろう。教員として。私は何を言ってあげられるだろうか。ここにつくまでにたくさんの言葉を考えた。たくさん阿部君について考えた。なのに、彼を目の前にして、私の口は頭ほどに活発に動かない。 「…」 「…」 「…なんでもないス」 いや、きっと彼は耐えているのだろう。私に甘えることを。私に頼ることを。…己の夏の終わりに、この十七歳のカラダは耐えているのだ。彼がどれほど部活にかけてきたか、知っているつもりだ。自分でこの高校を選び、1からチームを作ったのだと、何度も聞いた。嬉しそうに話すのを何度だってみてきた。私が彼を探しに来たことなんて彼の意地にとっては甚だ迷惑だったに違いない。…本当に、まったく。 「…阿部君」 抱きしめたカラダは私なんかよりずっと大きくて、少し震えていた。うん。我慢するつもり、あんまり無かった。私から阿部君を崩しにかかる。だってそれくらいしか出来ない。あなたを泣かせてあげられることしか出来ないの。大人だから。あなたのために、私が泣くのは、もう少し先でいいわよね。 「先生。俺、辞めます」 …可愛い生徒なんだから。 |