振りに

□寝起き涙のリクエスト
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扉を開けると確かに人の気配がする。ましろの遮光カーテンの向こうに、阿部くんの影を捉える。うん。あれは阿部くん。
なんか空気、重い…。重いとゆうか、あれ?阿部くんじゃ、ない?




「阿部くん、待ちきれなくて…」



一瞬迷ったけど、声をかけてみた。
とたん、重くなっていた空気がなくなる。よかった阿部くんだ。すこし不安だったけどわたしは返事を待たず歩を進め、カーテンをゆっくり引いた。阿部くんが、ベッドに座っている。




「…えっと、大丈夫?」




どこかへたり込むようにベッドに腰掛ける阿部くんが、わたしを見上げる。瞳がぶつかって、デジャヴ。わたしは思わず目をそらしそうになってしまった。だって夢の中の阿部くんはあんな苦しそうな顔してたのに。今目の前にいる阿部くんは、いつもの阿部くんだった。ごめんなさい。大丈夫なんて聞いてごめんなさい。本当はわたし、わかってるの。



「…広瀬」




名前を呼ばれて胸が苦しくなった。ぎゅってなった。気づいたら阿部くんの腰に抱きついていた。勝手に動いた身体に自分でも驚く。夢の中のわたしはすごく冷静に、阿部くんの気持ちを考えていて、かけるべき言葉を探していた気がする。ここつくまでにさっきの夢のことを考えた。たくさん阿部君について考えた。夢の中のわたしはあんなに大人だったのに。阿部くんを目の前にしたら、なにもいえない。あの日からずっと。でもわたしなんかが阿部くんになにをしてあげられるだろう。阿部くんの気持ちが、全部じゃないけどわかるのに、何も出来ないままの自分に耐えられなくて。わたしの方が先に決壊してしまった。なんて、なんて、滑稽なんだろう。



「…なに泣いてんだよ」



「っう…あべくっ、だって」




だっての続きがたくさんあるのに、たくさんありすぎてなにも言えなかった。阿部くんにすがったまま泣いてしまった。阿部くんがあんまり優しい声だから。床についた膝がひりひりしたけど、それ以上に胸がいたくて。我慢しても漏れる嗚咽に阿部くんが苦笑した気がした。
さらり、と。阿部くんの手がわたしの髪をすく。鼻をずびりとふるわせながら見上げると阿部くんがたれ目の優しい瞳でわたしを見ていた。




「ひでぇ顔」




あの日と同じことを言われた。
西浦が負けた日、それはすなわち阿部くんにとっての高校最後の公式戦。審判さんのコール、整列。フェンスの向こうで少しぼうっとしている阿部くんを見たとき、わたしは泣いてしまった。球場から出てきた阿部くんにひどい顔だなと言われた。
きっと阿部くんは我慢している。わたしによけいなことを言わないように。いろんなことを考えて。
…自分の夏の終わりに、このおっきなカラダは耐えているのだ。わたしが阿部くんを探しに来たことなんて阿部くんにとってはすっごい迷惑だったのかもしれない。…本当に。
阿部くんがどれほど部活にかけてきたか、知っている…つもり…。自分でこの高校を選んで、1からチームを作ったんだって、何回も聞いた。嬉しそうに話すのを何度だってみてきた。わたしは阿部くん達と泥まみれになって練習してきたわけじゃないけど、野球部が勝ったらすごくすごく嬉しかったんだよ。



「広瀬、…俺さ」


「…、やめないで…」





わたしは、わたしの気持ちしか言えなかった。野球をやめた阿部くんなんて想像出来なかったししたくもなかった。でも阿部くんの頭なら合理的にも感傷的にも野球をやめることを選択出来てしまうんじゃないかって。さっきの夢の続きみたいになっちゃうんじゃないかって。でもぜったい本心じゃない。そんなのホントの気持ちじゃない。だから嫌だ。阿部くん。





「…やきゅう、やめないで」




抱きしめたカラダはわたしんかよりずっと大きくて、少し震えていた。






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