■ 雑 文 ■

□君の面影
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君が小さい頃から、僕は君に恋焦がれていた。

幼い君を汚さないように、君から離れた。

「おねえちゃん!」

無垢な笑顔は僕を追い詰めるだけだったから…。




小さい頃からの恋心なんだ。

年を取ればとるほど、思いは強まるばかり。

「じゃあ…ね…、ヒノエ」

優しく告げられた別れの言葉は、幼い俺には理解できなかった…。





十年が過ぎた。
離れて切れたと思っていた縁は、まだ繋がっていた。
龍神の神子を守る、同じ八葉、天地の朱雀として…。

「何で、熊野に戻ってこなかったんだ」

梶原邸、弁慶の私室に入ってくると同時に、ヒノエは部屋の主に問いかけた。

「…僕にも、やることはありますから」

特に、驚いたわけでもなく弁慶は書物を読む体勢を崩さず言葉を返す。
ヒノエは、その態度に苦笑しながら髪をかき上げる。
―おいおい、目線だけでも、こっちを向いてくれて良いだろう?

「俺に会うのが嫌だったんじゃないの?」
「………」
「無言は肯定と取るよ」

やっと、出来た機会。
―今日こそ、逃がしはしない。

「…そうだとして、どう思うんですか?」
「アンタ…、俺の気持ちわかってなかったろ?」
「何を言っているんです…?」

昔のアンタの表情、素振り、今なら分かる。
いつからか、俺が呼べば、一瞬辛そうな顔をするようになった意味を。
それなのに、小さい俺は、何とかアンタに笑ってほしくて、柔らかく微笑んでほしくて。
自分が笑えば、笑ってくれると思って、笑顔を振りまいて。
無自覚にアンタを追い詰めていたんだ。

「俺のこと、好きだったんだろ。アンタ、昔から」

その言葉に、弁慶は書物を落とした。同時にヒノエと面を合わせる。

「…っ、ふざけた事を言わないで下さい!」
「ふざけてなんかねえよ! もう、小さいときの俺じゃない、誤魔化しは聞かない!」

ふざけるなと言うヒノエの剣幕に、弁慶は背中を震わせた。

「何を言って…ッ!?」
「俺だって…、アンタが好きだったんだ」

思ってもいなかった一言に、弁慶は目を見開いた。

「……嘘」

最後に別れた時のヒノエの言葉を思い出す。
大きな緋色の瞳に涙を溜めた顔。

―『おねえちゃん、何で行っちゃうの? 一緒にいてよ!』

それは、幼い子供の精一杯の想いの表現。

ヒノエが弁慶の顎を掴んで顔を上げさせ、瞳を合わせる。
お互いの吐息が聞こえる距離。

「アンタと最後に別れた時の、……お前の顔が目に焼きついてるんだ」
「…ヒノ…エ…」

幼い俺は泣くのを必死に我慢したけど、溢れた涙は止まらなかった。
お前は微笑んでて、でもきっと心では泣いてて。

「あの時はガキだったから分からなかった…、けど今なら分かる。お前は、…決意したんだろ?」
「ヒノエ…」

俺が、親父の後を継ぐのを分かっていたから。

「お前は、俺のために、俺から離れたんだろ?」
「…ヒノエ……」
「うんって言いなよ」

弁慶の頬を、雫がすべり落ちた。
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