■ 雑 文 ■

□年の差の恋に10のお題
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2 歯痒い想い


「相変わらず汚い部屋だね」
「…僕は、そうは思わないんですけどね」

襖を開けた瞬間に広がった、その部屋の壮絶さにヒノエは溜息を吐いた。
部屋の主こと弁慶は薬の調合の手を休めずに言葉をかえす。

「……何か、ようがあるんじゃないですか?」

自分の近くに腰を落ち着けて、何も言わないヒノエに弁慶が聞いた。

「………、別に」

弁慶は薬の調合の手を休め、ヒノエに向き直る。

「じゃあ、どうしてきたんですか?」
―僕は、君に嫌われてると思ってたのに…?

「何か…、ありましたか…?」

弁慶はヒノエの顔を見やると、ふとヒノエに手を伸ばした。

「ッ!?」

バシッ

「…えっ?」

伸ばされた手は、ヒノエの手によって振り払われた。
振り払った本人も、振り払われた弁慶も目を見開く。
ヒノエも無意識にやってしまった、反応に、しまった…と言う顔をする。
沈黙の後に、ヒノエが項垂れて口を開く。

「ごめん」
「…いえ、…でも」

弁慶が続けて、どうして? と問う前に、言葉がさえぎった。

「ガキ扱いすんなよ」

その一言に、弁慶は悟る。
そうか、これを気にしていたのか。

自分のなかなか抜けきらない、ヒノエへの態度。
小さい頃から、世話を焼いていただけに、態度を変えられず。
この子が思春期になっていると言う事を、すっかり失念していた。

「…スイマセン、ヒノエ。 この間、頭を撫でたのが悪かったんですね?」
「………、そうだよ」

自分の膝を抱えて、顔を上げてくれないヒノエに、弁慶は苦笑した。

「あの後、兄にも注意されました。 君の気持ちも考えずに失礼なことをしましたね」

―いや、俺の気持ちなんかアンタ気づいてないだろ。
そう思いながら、ヒノエは顔を上げる。

「これから、気をつけてよ」
「善処します」

何しろ、小さい君によくしてましたからね、癖です。
弁慶は、ふわりと微笑みかける。
それにヒノエは、何とも言い難い表情になった。

「でもね、ヒノエ」
「なに?」
「さっきのは、子供扱いしたわけではないですよ?」

そう言うと、弁慶はヒノエの頬を両手で包んだ。

「なっ!?」

途端に、ヒノエの顔が紅く染まった。
その反応に、弁慶はクスクスと笑う。

「暖かくて、落ち着きませんか?」
「…んー…、まあ…少し?」
―人の気も知らないで。

でしょう? と弁慶は、また微笑んで、衝撃の一言を告げた。

「よく、知り合いにするんです。 行き詰まりやすい人で」
「…ッ!!??」
―誰だよそれッ!?

思わず叫びそうになった所を押し留まるヒノエ。
弁慶はヒノエの、その一瞬の態度に気づかず話を続ける。

「人の体温って、凄く落ち着くじゃないですか。 これは心の治療に良いんですよ。 先ほど、君も行き詰っているように見えたので…。…撫でようとしたわけじゃ、ないですよ?」

上目遣い気味に、弁慶はヒノエを覗き込む。

「わかったよ…」

ヒノエの言葉に、弁慶は満足そうに目を細めた。
でも、笑顔を貼り付けたヒノエの頭は、もう、話題に出た知り合いと、弁慶の関係が気になってしょうがない。

「…ところで、その知り合いとアンタはイイ関係なのかい?」
―何、聞いてんだ、俺。
―これで、ハイって言われたら、どうしたらいいんだよ。

嫌な汗が噴き出しそうな気がした。
表情も緊張して笑顔も多少引きつる。
そんなヒノエの質問に弁慶は目を丸くして答えた。

「ああ、変に勘ぐらないでください。 親友のことですよ」

その返答に、ヒノエは一気に力が抜けた。

「あ〜…、そう」
「フフッ…、残念でしたね? 僕をからかうことができなくて」

からかうネタのために聞いたのだと思っている弁慶。
ヒノエはジトッとした目で弁慶を見て言った。

「本当にね…」
―恋人じゃなくて良かった。

弁慶が、甥の心底残念そう―に、見える。―態度に笑う。
ヒノエは、そんな弁慶に、やっぱり可愛いと思い直し。
もっともな一言をいった。

「いい加減、顔から手離して」
「もう、良いんですか?」
「……っいいから!」

ああ、歯痒い。
アンタが無自覚にそんな事するから。
想いは積るばかり…。



fin.
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