短編

□生は苦しみだと、一体誰が言ったんだ
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おれは、泣き出した船医の頭に手を置いた。
細かく言うならば船医の帽子。
船医はその小さな肩を震わせて泣いていた。

何故泣いてるかなんて知らねェ。
ただ船医の小さな手の上には、横たわっている鳥が居た。

それしか知らない。


船医は泣き続けた。
それはもう、何時間かも計れない程に。
一体何があったのか、どうしたのかをも聞けない程に船医は目を腫らせて泣き続けた。


ある時船医は泣き止んだ。

何も言わず、その鳥をまた優しく抱え直した。
そして、何故だか分からないがおれの腕を掴み、その停泊している島に飛び出した。

おれは訳が分からなかったが、何も言わずにそのまま着いて行った。


行くあてがあるのかと口を開いたその時、開けた草原に出た。

船医はそこをキョロキョロと見渡すと、海の見える草原の端まで行って、そこで穴を掘り始めた。


おれは何をするのかも分からない為、そこに胡座をかいてそれを見ていた。

すれば、船医は穴をある程度掘って、優しく抱いていた鳥を埋めた。

鳥は、抱かれていた時も、
埋められている時も、
力無く横たわっていた。


「命って、重いんだな。」


埋め終わった時、船医が口を開いた。
船医の声は震えてはいなかったが、その細い腕は震えていた。


「死ぬって、冷たいんだな。」

「ああ。冷てェ。
何よりも、冷たくて、重いもんだ。」

「・・・そうなのか。」


死体を抱いた事が無かったその船医は、震えながらおれを見た。

おれは笑ってやる事も出来ずに、また帽子に手を置いた。


「死ぬって、怖いな。」

「ああ。怖ェ。」


煙りをふうっと吐いた。
死ぬのが怖くない訳が無い。


「サンジはすげェな。」

「そうか?
お前のがすげェと思うけどなァ。
おれはよ。」


命を助ける職業と。
貰った命を次に繋げる職業と。

命に関わる職業でも、繋ぐ物が違うという。


「・・・死にたくねェな。」

「・・・なら、精一杯生きるしかねェな。」


船医は鳥を埋めた所に棒を一本突き刺して立ち上がった。
おれは船医の腕を掴み、また歩き出す。

また。


「サンジ。」

「ん?」

「サンジの手は、あったかいな。」

「ああ、お前の手もな。」


互いの体温がある事に安心し、しかしこれから先いつまでこの体温が在り続けるのかが分からない。
それが怖い。

と、そう船医は言った。

おれは言った。


「どうせ、いつかは死ぬんだ。」

「・・・うん。」


そう、いつかは死ぬ。
逃れられない。
なら、それに怯えるんじゃなく、
好きな様に生きれば良いと。

それなら、死よりも怖い後悔は、絶対に来ないと。

あの赤いベストの、あいつが、教えてくれた。

言わずとも、そうやって奴は生きている。

だから。


「チョッパー。」

「ん?」

「楽しく行こうぜ。」

「・・・おう!」


おれが分かった様に、お前も分かるはずだ。
命の重みも死の冷たさも恐ろしさも怖さも生きたいって気持ちも悔しいのも嬉しいのも悲しいのも苦しいのも、全部。

そう、全部引っくるめて。

そういう矛盾の中生きて居るんだと。


怖がるなとは言わないから。
せめて、楽しく行こう。



生は苦しみだと、一体誰が言ったんだ



船医が泣いた。
それなのに死んだ鳥は、笑っていた。

笑っていた。

死の冷たさも、命の重さも、温かさも。

全部知って、笑っていた。


それ以来船医は、よく、笑う様になった。



End.

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