題名(C)確かに恋だった

□なみだ色の海に溺れた・4
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外国のシリーズ物の人気アクション映画。
車高の低い車が物凄い速さでスクリーンを走り、そして爆発する。
それを、やっと高木さんの予定が空いて見に行けると、見吉さんはニコニコ顔で説明してくれた。

高木さんの手を引っ張って教室を出ていく姿は、誰もが思い描く仲睦まじい恋人同士その物だった。


「さー、続きやるでーす。えっと?分母がどうのこうのでしたっけ。」

映画も良いけど、僕は今の時間だってとても楽しいと思ってるんです。
手元には数学の教科書ノート、シャープペンシル。頭の中は小難しい数式。
そんな状況でも、目の前にはキミ。

調子に乗って一問目を解く。
バリバリ解き進めて、「スゴい、新妻さん。本当は頭良いんじゃないですか。」なんて褒められたらどうしよう。
珍しい笑顔だって見られるカモ。

そうは言っても、いきなり上手くいく訳も無く。
早くも次の問題で躓いた僕は、彼女に助けを求めた。

「秋名さーん。いきなりラスボスに遭遇しちゃった気持ちです。」

次は別の公式ですか?
顔を上げて伺うが、彼女はうつむいて、強い視線のまま一点を睨んでいる。高木さんと見吉さんが教室に入ってきた時の姿勢のまま。

夕日に照らされて、長い睫に影が出来る。
動かない様はまるで外国の人形みたい。綺麗な人だな。

「秋名さん?」

トリップって言うんです?
自分の世界に籠もって、何の反応も示しちゃくれない。原稿中の僕も似たような物だけど。
それとはきっと別物です。

今キミの目の前にいるのは僕じゃないです?
どうすれば顔を上げてくれます?

「‥愛子さん?」

クラスの誰も呼んだ事が無いであろう名前を呟くと、彼女は一つ、パチリとまばたき。長い睫毛は伏せられてしまった。

ペンケースを握ったままの両手が震えている。
その中にはさっきの消しゴムの欠片。
高木さんの声が聞こえた時、真っ赤になった秋名さんが僕から奪った。
初めて見る表情で。
そして二人から逸らした視線。
固く結んだ唇。



あぁそうか。
キミの目の前には。



「‥苦しいですか?」

「‥いいえ。」

遠ざけないで。倒れそうなほど泣きたいくせに。
どうにも出来ないのに棄てられないよ。
せめて苦しみを共有させて。僕の熱を奪って良いから。

指を繋ぎ、もう一度名前を呼ぶ。やっと目が合う。
僕を見てほしかったはずなのに、揺れる瞳を見ていると、余計に悲しさが鮮明になっていった。



なみだ色の海に溺れた


END

20101031

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