題名(C)確かに恋だった

□なみだ色の海に溺れた
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私があの人を想うように、あなたも。



なみだ色の海に溺れた



「で、結局ヤマ掛けてたとこは出なくて、小テストといえどこのままじゃさすがにアブナイと思ったです。」

「授業中に落書きばかりしてるからです。きちんと板書するべき所はしないと、こういう事態になるんですよ。」

「でも秋名さんの教え方分かりやすいです。とっても助かるです。」

ありがとうございます!
そう言って、机を挟んだ向かい側。ノートに数式を写す彼は空いたほうの手で敬礼をした。





小テストの結果が笑えないくらい悪かったと、教室の清掃当番の仕事を終わらせて帰ろうとした私のカバンを新妻さんがガッと掴んだのが先ほどの事。

だからなんですか。
と返すと、
学年上位成績優秀な秋名愛子さん、どうか助けてください。
と、変な迫力を込めて懇願された。





「次は2番の公式を使って下さい。」

「ふんふん。」

「分母をイコールの前に移動する必要があります。この場合どうすれば良いか分かりますか?」

「イエースイエース。あ、この消しゴムどうしたですか?」

「聞いてますか!?消しゴムなんかいいから、続き解いて下さい!」

私のペンケースに入っていた、半分以下の小ささに割れた消しゴムをつまみ上げて新妻さんは片目を瞑った。
いいからもう、そんな物ほっといてほしい。

「別のちゃんとした消しゴムも持ってるのに、なんでこんな欠けたのしまってるですか?」

「わ、私の勝手でしょう。返して下さい!」

「ヤでーす。」

小学生ですか!
怒鳴りそうになった所で、廊下から聞き覚えのあるしゃべり声が届いた。

あの人の。
聞き間違うはず無いわ。

見つかってしまう。

私は新妻さんの手から消しゴムを引ったくり、乱暴にペンケースにしまった。
声はだんだん近付いて、教室の前の扉がガラガラ開く。

「あっれ、新妻さんと岩瀬。何してんの?」

「高木さん!秋名さんに助けてもらってたでーす。」

「あ、数学?今回ちょっとややこしいですもんね。」

つっても岩瀬なら余裕だよな。と、イヤミのまったく無い笑顔を向けられたのが、視界の隅で確認できた。

高木くんこそ余裕でしょう。
返そうと見上げても、一瞬たりとも目は合わず。
高木くんの目線は、教室の入り口で待つ見吉さんにすでに移動していた。

「やっぱ机にケータイ忘れてたわ。見吉、まだ映画間に合うよな?」

「うん、大丈夫。早く行こ!」

高木くんに向かって手を伸ばした見吉さん。
自然な動作。普段の2人を伺い知れる。
指を絡ませ手を繋ぎ、じゃあな バイバイと言って去ってく2人を新妻さんがいつもの調子で見送った。

「さー、続きやるでーす。えっと?分母がどうのこうのでしたっけ。」

高木くんは私の好意に気付いてない。
おそらく教室の誰も。
私が自分の気持ちに気付いた時、あの2人はすでにクラス公認の恋人同士だったから。

「シュピーン。完了!僕やれば出来ます。えーと、次の問題は‥‥う。」

意味も可能性も無い気持ちは虚しいだけで。
でも彼は優しくて。
優しくて。

あの日ペンケースを忘れた私に、自分の消しゴムを割ってくれたのだ。

「秋名さーん。いきなりラスボスに遭遇しちゃった気持ちです。次は別の公式ですか?」

ちょうど割れかけてたし。捨てちまっていいよ、ソレ。
そう言う彼に、絶対に買って返すと伝えた所、大きく笑われた。

『本当マジメなんだから、お前は。すげー良いと思うけど。岩瀬らしい。』

じゃ、買って返さなくていいからさ、ナタデココジュース奢ってよ。
と言って高木くんはニッコリ笑った。
色素の薄い髪をサラリと揺らして。


「秋名さん?」

「‥‥‥‥。」

「‥愛子さん?」

意味が無いって、分かってるわ。
貰った片割れの消しゴムも。
それをいつまでも大事にしまってる事も。

いくら欠片を手にしようとも、彼と繋げない指先は、シンと冷えて白くなるばかり。
ああほら、
虚しさが蝕んでくるわ。
吐く呼吸が重くなるわ。

「‥苦しいですか?」

「‥いいえ。」

「でも、手が‥。少しの間こうしてるです。もしかしたら楽になるかもしれません。根拠は無いですケド。」

消しゴムを掴んでいた手がユルユル解かれ、両手の指先を握られた。
花弁を触るみたいな強さで。

繋がれた両手から伝わるもの。
私は知っている。嫌になるほど。

新妻さんの指先は温く、瞳は悲しい。

「秋名さん。」

込み上げる、泣きたくなるのは、共鳴する痛みに触れた、その時。

夕日に照らされて真っ直ぐ見つめてくる新妻さんは真摯で儚い。
高木くんから見た私も、せめて同じようだったら良いな。



END

20100902


消しゴムのくだりが保健死の藤花と同じだと途中で気づき直そうとしましたが、グダグダになったのでそのまま上げました。

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