題名(C)確かに恋だった

□言われて初めて泣いていることに気付いたように
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新年会。



あの人に会える。
関係者にチヤホヤされる私を見てもらう。
だから綺麗な服を着て。凄いって思われたくて。
あなたの目を、私に向けたくて。





だが会場に入った頃の溢れる高揚は、すでに崩れていた。





「岩瀬、相変わらずだったな。」

「お前が入籍するんだもんやっぱショックだろ。まぁ、おめでとうくらい言えばいいのにって思うけど。」

「‥あいつは言わねーよ。」




結婚。夫婦。同棲。

なにそれ。
絶対認めない。




「どこ行くんですー?」

「関係無いでしょう。ついて来ないで下さい。」

「ナチュラルのお話聞かせてください。」

なんでも無いように、でもどこか嬉しそうに結婚を口にした高木くん。そんな顔、見たことない。
会場内の比較的若い同業者達の輪から逃げる私を、作画の彼が追ってきた。

「しつこいです。お化粧を直してきますので、さようなら。」

「おっかない顔になってますよ。そんなに高木先生が好きです?」

歩くたびカツカツ鳴るハイヒール。
音を止め、振り返った。

「黙りなさい。私は彼に負けたくないだけよ。」

「僕も亜城木先生好きですよー。彼らの漫画も大好きです!」

羽を揺らしながら上機嫌に新しいグラスを手に取る新妻先生。
かみ合わない。
一つ年上のこの人とは、きっと分かり合うことは無い。

「好きなんかじゃ有りません。」

どんどん嫌いになる。
彼を、その結婚を、選ばれなかった私の過去を。

私が認めなくても、そんな事関係無く物事は進んでいく。彼はどこにもいなくなってしまった。

「まぁまぁ、そんな顔しないで、これ飲んでください。甘いやつです。」

キツく睨まれても動じずに、新妻先生がグラスを差し出す。
ピンクに近い、淡く発泡する赤。

高木くんの温度が左手を通して伝わった夕日さす廊下。
瞬間の静かな景色。
脳裏から離れない情景が、透明のグラスにありありと浮かんだ。

「っ!!」

ガシャン、と突き刺すような音にハッとなる。
手の甲に残る冷たい硬質の感触。
グラスは私の手により落とされ、足元でトゲに変わって死んでいた。

近くにいたウェイターが破片を拾いながら、お怪我はありませんか、お召し物は、と気を使う。

(大丈夫です。申し訳ありません。)

こんなに簡単な言葉が音になって口から出ない。
激しい動揺。


私は何をしているの。


しゃがんで片付けを手伝う新妻先生が、表情を引き締めて見上げてきた。

「メですよ!‥‥でも僕も、スミマセン。無神経でした。」

「‥‥‥‥。」

「漫画の続きを考えて。楽しい気持ちになりますよきっと。大丈夫です。」

「‥何が、大丈夫なんですか。」

片目をつぶり、拾った破片に光を当てて覗くその人。
修復不可能なそれは、綺麗な石かお守りかに、生まれ変わったように見えた。

「僕がついてます。一緒ならもっと頑張れるでしょう?それで、絶対に勝ちましょう。」

彼は目を細めてニッとした。

せき止めていたものが崩壊しそうになる。苦しさが、容赦なく襲う。

「‥‥‥すみません。私、お先に失礼します。」

ロビーへ続く扉に向かった。
自分の髪の短さを悔やむ。これでは大勢の人の波の中、瞳を潤ませることも許されない。



一人、どうしようもない気持ちでずっと今まで走ってきた。止まる事はできず、必死に。
それでも見てはくれない高木くんをいつも想って。

一緒だと、言ってくれた新妻先生の言葉は温かすぎる。
辛い重みが喉にのし上がり、私は下唇をきつく噛んだ。



END

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