部屋を出て、溜め息をついた。
…何をしているんだ、自分は。
言い訳なら在る。
セックスを拒むかどうかでルルーシュの記憶について確かめる為、だ。
皇帝の前に犯罪者としてその身を突き出した奴に等、触れられたくも無いだろうと思ったのだ。
しかしルルーシュは拒まなかった。
一つひとつ、一年前僕が刻み込んだ通りの反応をした。
逆に言うと、僕が教えた通りの反応しかしなかった。
それは一年間、誰の手もれる事を許さなかったという意味だ。
…今日、僕には許したのに。
「枢木卿」
…嫌だ。
背中からの声に、反射的に思った。
返事をする事さえ億劫だったので、取り敢えず無言で立ち止まった。
「今日はどういった御用だったんですか?」
「どう、ってルルーシュの記憶の確認に決まっているだろう?」
尚も振り返らずに答える。
「監視なら自分がしています。自分では信用なりませんか」
あぁ。
信用ならないね。
君は随分とルルーシュに懐いている様じゃないか。
四六時中一緒に居て、今はどうだか知らないけど、取り敢えず記憶が戻る迄はナナリーが受ける分の愛情さえ受け取る筈だ。
あの、とても愛情深い人の。
「そうじゃない、ロロ」
自分でも理解出来ない感情を押し殺して、表情を作って、漸く振り返る。
「僕は君の知らない頃の彼を知っている。だから揺さ振りを掛けたんだよ」
相手が微かに唇を噛んだ。
また訳の分からない優越感を感じる。
「…ええ。ですから余り接触されると、話を合わせるのが難しいので、控えてもらえますか」
…偉そうな口を聞く。
ナイト・オブ・ラウンズ─皇帝直属の騎士。
僕の方が君より上の筈だ。
…ルルーシュを喰い物にして得た地位だからね。
「それは君の仕事だろう?」
そう言い放って、その場を離れた。
そう言えば、ルルーシュに水を持って行く所だったのだ。
…スザクは敵で、敵は憎むべきで…
「ゼっロっさっま〜っ」
悶々としている時に回廊で突然飛び付かれ、よろけてしまう。
「神楽耶様…」
面倒臭かったので、絡み付くまま好きにさせておく。
この人は本当に何時でも元気だ。
笑顔を絶やさず…
ふと、それは決して容易な事では無いのではないかという事に気付く。
「貴女は何故顔も明かさぬ私をそこまで御執心に?」
「顔等明かさずとも、私にはゼロ様が素晴らしいお方だという事位分かりますわ。騎士団の方々だって皆そうでしょう?」
神楽耶は無邪気な態度で答えた。
「それは光栄ですね」
それに自嘲気味に応える。
「あら、本当の事ですのよ。しかしゼロ様、先程の質問、余り意味は為さない物でしてよ?」
「ほう、と、申されますと?」
意外な言葉に、先を促す。
神楽耶はそれまでの幼い雰囲気を一変させ、瞳に聡明さを映した。
「人が人を愛すのに、理由等御座いませんわ。説明出来ない事こそが愛している事の証明、その方をどれ程愛しているかを言葉で論理的に語れる事が在るとすれば、それはその方を愛していない時だけですわ。そうで御座いましょう?ゼロ様」
「…これは恐れ入りました」
諭された。
時々この少女は随分と達観した物言いをする。
「童貞でホモのお前なんかより、神楽耶の方がよっぽど大人じゃないか」
何時から居たのか、C.C.が心底可笑しそうに言う。
男女の違いがどうこうと言うつもりは無いが、やはりどうも女は強く逞しいな…。
神楽耶のお陰で心持ちが随分と軽くなったのは事実だ。
あんなに腹が立つのに、それでも愛してしまうのは、どうも仕様が無い事らしい。
自分でも何か可笑しくて、力の抜けた笑みらしき物が零れた。
あの日、ナナリーと向かったFUJI MAUSOLEUM慰霊碑で、僕等以外の物でユフィの名の刻まれた蝋燭を見付けた。
あれは恐らくルルーシュ、君の字だろう。
本来なら君は、皇族の記憶とゼロとしての記憶も失っている筈だ。
そう、多分今の君には記憶が戻っているのだろうね。
だからまた、僕は君を止めなければならない。
君の事だからきっと何か考えがあったんだろう。
でも駄目なんだよルルーシュ。
そのやり方じゃ駄目だ。
僕は君を愛していた。
…いや、愛している。
認めざるを得ない。
だからこそ、僕には君を止める責任がある。
君にこれ以上、罪を重ねて欲しくないんだ。
だって君の事だから、君が一番辛くて、苦しんでいるんじゃ無いのか?
ギアスは赤い鳥の羽ばたいた様な形をしていた。
朱雀─。
僕はこれを偶然だとは思わない。
全ての元凶であるギアスと関わって片を付けるのは、僕に課せられた義務だ。
ルルーシュ、これ以上は駄目だ。
偽善だって言われるかも知れない。
綺麗事だって言われるかも知れない。
でもきっと他の方法がある。
だから─