人気の無い廊下。
微かな音と共に唇が離れる。
「…今夜、行ってもいいかな」
そう静かに囁くスザクの言葉は恐らく単純ではなく、その言葉以上の意味を持っている。
何故なら一年前、スザクとは恋人同士であったからだ。
〜非合理で〜
記憶が戻ると、真っ先にスザクの事を考た。
自分を皇帝に売り、その代償として地位を得たスザク。
思い出す度、心臓が凍る様な心地がした。
合理化しようとした。
自分に都合が良い様に、合理化して解釈しようとした。
が、到底無理な話だった。
あれだけ敵意を剥き出しにされては、都合良く考え始める切っ掛けさえ見つけられなかった。
そして寧ろ、それはある意味当然の事。
というのも、合理化しようとする事自体が間違っているのだ。
分かっている。
自分は幸せを望むべき人間でない。
憎悪を向けられて本望。
スザクが自分を嫌悪をするのは当然の事だし、それを哀しむ等持っての他だ。
自分には目的がある。
だから俺はゼロなんだ。
手段を選らんでいる暇は無い。
要るのは過程じゃない。
必ず結果を出さなければならない。
それは今迄流した沢山の血を無駄にしない為でもある。
だからこそ立ち止まれない。
例えそれがお前の意志にそぐわないとしてもだ。
今迄悲劇が起こる度に重ねた修羅の道への決意は、生半可な物ではなかった筈だ。
そして自分は、ゼロとして、自分の計画を悉く邪魔するスザクを憎むべきである。
…べきであるのだ。
それでも尚、縋ろうとする自分がどうしようもなく滑稽で、厭わしい。
スザクが自分を監視する為にアッシュフォード学園に復学して、一年振りに顔を見て声を聞いた時、瞬く様な時間の、その一番最初に溢れた感情が、憎しみでも殺意でもなかった、情けない自らに寧ろ怒りを覚えた。
自分の愚かしさに腹が立つ。
行動の妨げとなる、邪魔な感情とは、これ程迄に人の近くに寄り添い、離れようとしない物なのか。
「あ…っ…んん…っ!!」
熱い肌が触れ合う。
一年振りに身体を繋いだ。
…断れなかった。
自分をあんな状況に追い込んだ男に抱かれる等、これ以上の屈辱は在るだろうか?
言い訳なら在る。
断れば不自然で、余計に嫌疑を増すから。
スザクは俺を完全に疑っている。
だから今日来たのも、先ずセックスを拒むかどうかで俺の記憶について確かめに来たのだろう。
「ルルーシュ…っ」
「ゃ…あぁ…っは…っあ」
しかし、名前を呼ばれる事に、愛撫される事に、こんなにも身体が悦びを感じている事は、誤魔化しようも無い。
一年前に嗅ぎ慣れた、スザクの匂いがする。
耳元で息遣いが聞こえる。
その手が、撫で方が掴み方が全部、一年前に覚え込まされたスザクそのものだ。
一年振りのスザクなんだ。
「…ルルーシュ…」
「ぁ…っあ」
後ろから腰を送られる。
…何で。
まるであの頃の様に愛し気な声じゃないか。
ユーフェミアを殺した俺が、憎いだろう?
…乱暴に抱かれるものとばかり思っていた。
顔こそ見えないが、俺にもたらす動きが時折、泣きたくなる位優しい。
止めてくれ。
これ以上錯覚させる様な事は…
「や…ぃやぁ…っ」
「ルルーシュ…っ」
呼ぶな…。
「…ルルーシュっ…」
俺の
名前を
その声で
もう
呼ばないでくれ…っ!
…頼むから…。
こういう状況になって改めて、スザクが自分にとってどれ程必要な存在で、どれだけ自分の心を占めていて、どんなに、…愛していたのかを思い知らされる。
「…ルルーシュ、泣いてる…?」
「…いてない…っ」
「…嘘。泣いてる」
「……っ」
ああ、そうだな。
正直に言えば、
…とても苦しい。辛い。
泣いているのかもしれないな。
心臓が握り潰されそうだ。
…なあ、何でだ?
何でだ、スザク。
お前の記憶が辛いんだ。
そして、何でこんなに辛いのに、ああ迄されて懲りもせず、俺はお前を求めるんだ?
極め付けに、ほとほと自分は愚かだと言わざるを得ない。
…それでも尚、お前の記憶を奪われなくて良かった、なんて。
「…スザ…ク…っ」