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真剣な眼差し同士がぶつかる。
火花でも散りそうな勢いだ。
双方視線を交わし合ったまま息を殺していたが、ビー玉の様な目がキラリと光った瞬間─
「い゙…ッ!!」
生徒会室の一角、小さく叫んだスザクは、その王の名を持つ猫に噛み付かれた手を引っ込めた。
「またやってるの?」
少しばかり呆れたようなルルーシュの声にスザクは顔を上げた。
「どうしても嫌われちゃうみたいだな、俺」
苦笑いをして答えながら、血の滲む指の傷を軽く舐める。
もし恋人だったなら、ルルーシュがしてくれるのかな、等とも考えながら。
ルルーシュがスザクの近くに座ると、アーサーはすぐさまその膝の上に飛び乗った。
「どうしてスザクにだけはそんなに懐かないんだろう…」
ルルーシュが優しく頭を撫でると、アーサーは気持ちよさそうな鳴き声を上げた。
「うん…。ルルーシュやみんなには懐いてるのにな…。触り方が悪いのかな」
「触り方?」
ルルーシュが首を傾げると、それまでおとなしく撫でられていたアーサーは突然耳を立てると、ルルーシュの胸に前足を掛け、その頬やら首筋やらを舐め始めた。
「あっ、こら…っ」
ルルーシュは突然の事に驚きながらも、くすぐったさから逃げるように顔を背けるが、邪見に扱う事も出来ず、結局されるがままになっている。
それを呆然と見つめていたスザクが、上の空で呟いた。
「いいな…。アーサーになりたい…」
「あはっ、バカっ。私になりたい、の間違いでしょ?アーサーと仲良くなりたいのに」
ルルーシュは吹き出してから訂正した。
「あっ、そ、そうだよねー…馬鹿だな俺…」
スザクもつられるように笑いながら応えたが、その笑顔は不自然だった。
やっば…、今無意識に本音洩れた…ッ!!
「………」
ミレイ会長を始めとする生徒会役員は始終同じ部屋に居て、生暖かい視線で見守っていたが、アーサーをだしにイチャつく二人は、周囲の状況等、全く目に入っていなかった。
「さって、じゃあそろそろ帰りますか!」
ミレイの声を合図に、その日の集会はお開きとなった。
全員揃って門を出ると、スザクとルルーシュは同じ方向へと帰っていった。
「相変わらずねぇ…」
「相変わらずじゃないっすよ!!最近今までに増してイチャついてませんか!?アイツら!!」
リヴァルがとんでもないと言いたげに抗議する。
「何かあったのかしら…」
ニーナが控え目に呟く。
「進展とか?」
カレンもいたずらっぽく言う。
「かもね〜」
事情を知っているミレイは言ってしまいたい衝動を抑えて、相槌を打った。
やっぱりあたし、ルルーシュにだけは甘いんだなぁ…。
「………」
皆が好き勝手を言いつつ盛り上がる中、シャーリーだけは無言のまま立ちすくんでいた。
どうしたんだろう、私。
ルルとスザク君は幼なじみで、二人はすっごく仲が良くて、…それは昔から知ってる事なのに…。
胸が痛い…。
これは…嫉妬?
どうして?何に対して?
…もしかして私、スザク君の事、好きなのかな…。
ううん、それは絶対無い。
スザク君はいい人だけど、そういうのとは全然違うもん。
じゃあ…何で?
ここ最近というもの、俺は絶好調だ!
というのも、ルルーシュと一緒に生活してる訳で、皆が知らないルルーシュのあーんな姿やこーんな姿が、…まあそれなりに、制限付きで、見放題だ!
一応言っとくけど、今のところはまだ故意じゃないからね!
あれもこれも事故だから!事故!!
それはまあさておき、他にも例えば登下校とか、朝は必ず一緒に家を出るし、帰りも一緒に帰れる日が多くなった。
以前は偶然会えたら(待ち伏せとも言う)ラッキー程度だったから、すごい進歩だと思う。
それになんと言っても、一日中ルルーシュの手料理が食べられる!!
好きな人が自分の為に作ってくれた物なら何でも嬉しいのに、それが絶品なんだから、これ以上の幸せは無いよね。
つまり、俺は今、すごい優越感に浸っている。
リヴァルも言ってた通り、ルルーシュは本当にモテるからね。
それなのに本人は全く無自覚というか、そこもまあ魅力ではあるんだけど、無防備過ぎて目が離せない。
その上ルルーシュの魅力の及ぶ範囲は男だけに留まらず、アーサーは平気でセクハラするし、会長もセクハラするし、危なっかしいったら…!
「スザクっ」
「うんっ、え?」
ルルーシュに突然呼ばれ、おっかなびっくり返事する。
「そういえばそろそろ買い物行かなきゃと思って…」
「あぁ!じゃあ今から行こっか」
「うんっ」
スザクがにっこり提案すると、ルルーシュも笑顔で頷いた。
…よく考えると、これってもしかしてデート…!?
ううん、ただ必要な物を買いに来ただけだし!
野菜とか!ティッシュとか!
なんかティッシュがすぐ無くなっちゃうみたいなんだよね。
スザクがそんなに使ってるところ見たこと無いんだけどなぁ…?
…でも、好きな人と一緒だったら、どこでも、スーパーでも、楽しいよね。
「スザク、今夜何食べたい?」
「えっ?」
…ルルーシュ、それは誘ってるのか…。
勿論君に決まってるじゃないかーッ!!
「うー…ん、君が作ってくれる物って何でも美味しいからな…、今日は酢豚、かな?」
「分かった」
「すごいなルルーシュ、何でも作れるんだ」
「そっ、そんな事無いよ!!」
顔を真っ赤にさせて首をぶんぶん振るルルーシュに、スザクはクスッと小さく笑って、心の中で可愛いな、と呟いた。
「持つよ」
「あ…っ」
会計を済ませ、買った物を袋に入れ終えた直後、スザクが袋を全てひょいと持ち上げた。
「俺、これでも男だからね」
申し訳無さそうにするルルーシュにスザクは笑って言った。
「ありがとう…」
夕日で赤く染まった帰り道を大きさの異なる二つの影が歩く。
スザク、スーパーでもカゴ持ってくれたし、家でも色々進んで引き受けてくれるし…優しいな。
…ずっと前から、子供の頃から知ってた事だけど。
私達は成長して、段々と昔程遊ばなくなって、スザクはいつの間にか、私が気付かない間に男の人になってた。
あんなに重そうな荷物を軽々と持ってる。
昔は抜いたり抜かされたりしていた身長も、いつからか引き離されてくばかりになった。
それに、今は私より前を歩いてるけど、私の歩幅に合わせてくれてるのを知ってる。
背中もこんなに広くなったんだ…。
切ない。
スザクの背中を見てると切ない。
不意に泣きたくなる。
そしてどうしてもその背中に抱き付きたい衝動に駆られる。
スザク…。
「ルルーシュ?」
ルルーシュの想いに応えるかのように、スザクが笑顔で振り返った。
ルルーシュも幸せを感じて自然と笑い返す。
今はこの人と同じ家に帰れるんだ。
リクエストのおかずも頑張って作らなきゃ。
ルルーシュは少しだけ前を歩くスザクに駆け寄り、もう一度笑顔を向けて隣に並んだ。