「四木さんの爪ってきれいですよね」

書類を整理していた四木の手が止まった。
機械的な文面しか見ていなかった目がちらりとこちらを一瞥し、呆れたような顔をして溜息を吐かれる。
高そうなテーブルを挟んで向かい合わせに座っていれば四木の手元は十分確認できた。
少し骨ばった、細い指の先端にある形の整った爪も、ここからだとよく見える。

「塗ってあげたいです、ネイル」
「…男の爪なんかいじっても楽しくないと思いますよ」

四木はそんな事どうでもいいと言った風で、また書類に目を戻した。
その様子を見て思わず片眉が厳しく吊り上る。

いくら恋人である自分が話しかけても仕事中は反応が極めて薄い。
今日は余裕があるらしくまだいい方だが、本当に忙しい時は返事すら返さない。
だからまだチャンスはあると身を乗り出し、こちらを見た四木に微笑んでみせる。

「隙あり、です」
「!」

咄嗟に四木の手を掴むと、丁度力が緩んでたらしくばさりと書類が落ちた。
ほっそりした指に自分の指を絡めて観察するように眺める。

「やっぱりきれいですね。黒とか合いそうですよ」
「――黒ですか?」
「ええ、真っ黒にしましょうよ。模様つきでもいいですね…あ、丁寧に塗れる自信はありますから安心して」
「色んな意味で遠慮しときます」

頭の中でドット、ストライプ、ボーダーの黒い爪をした四木を想像してみると、やはり愉快だ。是非とも見てみたい。
最初は渋い顔だった四木も、諦めたような苦笑を浮かべて絡めた指を更に絡ませてきた。
(あ、そういえば)
笑ったまま四木の顔を見つめ、指を絡ませながら、心に浮かんだひとつのある可能性を口に出す。

「四木さん」
「はい」
「私はあなたの爪が好きです」
「はい」
「だから、ケジメとか言って爪を剥がなきゃいけなくなったらまず私に一報下さい」

そしたらあなたの爪を十枚全部、ちゃんと拾ってあげますから。


指を握る力を強くすると「剥ぐなとは言わないんですね」苦笑交じりに強く、握り返された。




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