ファンタジスタ

□金魂
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「はぁっ…はぁっ…」


そりゃもう必死で逃げてきた。
ビルとビルの間、路地裏の壁にもたれ掛かり、ズルズルと腰を下ろす。
両足がギシギシと悲鳴を上げているが、それ以上に逃げる際、鈍器のようなもので殴られた肩が痛い。
患部に触れてみると激痛が走り、うっすらと血が滲んできている。


「ちっく、しょ…」


どうやら追っ手は撒いたようだが、体の節々が痛くてこの場から動くことが出来ない。
大通りの方ではいつものように、ネオンがビカビカと派手に光っている。客寄せをするホストの声が耳に障る。
荒くなる息を整えながら、静かに頭を伏せた。大丈夫、少し休めばまた動ける。




本当に逃げ出したいなら、この街から離れればいい。
だけど私にはまだこの街に残らなければならない理由がある。




心臓の音がやけに大きく聴こえる。
さっきまで聴こえていた繁華街の雑音が段々と遠くなって、かわりに自分の息が近く感じる。
―あぁやばいな。
こんなところでくたばるわけにはいかないのに。

意思とは逆に体は沈んでいく。
ズルリ、壁と服が擦れる音と共に私の体はその場に横たえた。
ぼやけた視界と、半開きになっている目を必死に閉じまいと耐えていると、頭ん中に黒いビジョンが横切る。

ゴメンナサイ―貴方との約束護れそうにないです。

静かにため息を吐き、目を閉じる。



「あー…そこのお嬢さん、もし暇だったら僕と同伴してくれません?」



誰かに言葉を投げかけられている。
閉じかけていた目蓋をゆっくり開けると、薄汚れた革靴だけが見えた。
顔は動かさずに目だけ上を向くと、そこには金色の髪の毛をした男が立っていた。



「アリ?外人さん?あー…あー…シャルミー…」

「…ハッ、アンタ私が金持ってるように見えるの…?」



息切れする中、何とか声を出した。
まずいな、声までも上手く出せなくなっている。
右の頬が地面に当たってひんやり冷たい。コレでしばらく意識が持ちそうだ。


「んだ、日本人かよ」


だるそうにしていた顔を一気に顰めると男は私の碧い目を見た。


「コレはカラコン…アンタだって、ソレ…」

「あぁ、」


男は金髪の髪の毛をくるくると指に巻く。
ブリーチでもしたのだろうか、その髪の毛は綺麗な金色をしている。
男はめんどくさそうに「コレは地毛」と言った。


「でも日本人だから、俺も」


そういって私の目の前にしゃがみこんだ。
虚ろな目にその男を映すと、微かに笑っているようだ。
まじかで見るとその髪はひどく綺麗な色をしていて、きっと声がネオンの下ではよりいっそう輝くのだろう。
私の眼に眩しく光る。


「とにかく…私金持ってないから…他の娘でも当たれば…?」

「そーゆー訳にいかないのよ。金さん、フラれ続けでね」


「金さん」と自分で言うその男は、パシッと額に手を当てる。
この男、ホストなのか。こんな路地裏で客寄せしてるとは、随分と萎びたホストだな。
ぼんやり金髪を見上げていると、次第に視界がぐわんと揺らぐ。
地面の冷たさで何とか繋いでいた私の意識がいよいよ薄れてきた。
早くこの男を追い払わなければ、


「どっか…行っ…て」

「無理、アンタ逃すと後がないから」

「なっ…」


先ほどまでの間の抜けた声とは反対に、ピシャリと言った。
あまりにも端的に言葉を返されたので、一瞬あっけにとられてしまう。
男はニタァと笑った。


「ハーイ。同伴願いまァァす!!」


いきなり体が宙に浮く。
突然の事に理解が追いつかないまま、男は勢いよく走り出した。


「ちょっ、なっ…」

「あ〜?何って?お姫様抱っこ」


男は段々と足を速めながら路地の奥へと進んでいく。
ビカビカと光るネオンや客寄せをするホストの声が聞こえなくなり、次第に周りが真っ暗になっていく。
同伴て、こんな所に店なんかあるのだろうか。

そうこう考えているうちに、重大な問題にに気がつく。
もしかしたらこの男、追っての一人かも知れない。
あぁ、なんて馬鹿なんだ。何も追っては顔見知りだとは限らないじゃないか。

残っている体力をフルに使い、降ろせと言わんばかりに暴れてみるが、私の体をがっしりと抱えるその腕に残りわずかな力が敵うはずもなかった。
男は微かに口端を上げる。








そこで私の意識はプツンと途切れた。

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