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「たまねぎみたいな人だね」
と笑うので、俺は眠りの底から浮上した。アイマスクをしているから、目を開けてもそこは依然として暗闇であるが。
そこに誰がいるかは、声でわかった。その人は俺が寝ている横で、布の擦れる音をさせると、縁側の床がきっ、と微かに声を上げた。なんだか反応するのが億劫だったので、再び底へと落ちる為、俺は寝たふりを続けた。
しかし、野菜に例えられて嬉しい一般男子が何処にいる。山崎あたりにゴボウだなんて言えば、きっと3日くらい部屋から出てこないだろう。たまねぎ、だなんて、俺は中沢君か。
「沖田くんはさ、ひどいよね」
酷いって何を基準に言っているんだかわからないけど、自分の性格については自明しているから、いまさら何を言われようが気にならない。残念でした。
「すぐ泣かすし」
それはアンタがすぐ泣くからだろう。俺の所為じゃない。まあ、通算して一番多く泣かせているのは、きっと俺がぶっちぎりだろうけど。それにしてもアンタは泣きすぎだ。すこし我慢を覚えたほうがいいんじゃないか。
「頭は空っぽだし」
確かに俺はお頭が弱いが、ここにいる限り、剣の才とその応用さえあれば、知識なんてたいして必要ない。どうしてもの時は、俺じゃなくて、他の人が代理をしてくれる。
「とまあ、いいトコなしだよね。たまねぎって」
いい加減五月蝿い。嫌味を言いにきたなら早く帰ってくれないだろうか。昼寝の邪魔だ。
「あたしたまねぎ嫌い」
それはよかった。俺もアンタが嫌いだ。
話を聞いている内にすっかり目が醒めてしまって、俺は寝返りをうった。床がギイギイ悲鳴を上げる。それと重なって隣でクスクス笑う声が聞こえて、俺は一気に不機嫌になった。何がそんなに可笑しいのだろう。そうか、女って人の悪口を言っているとき、生き生きしているもんな。タチが悪い。ここで起き上がって、一言かましてやろうと思ったけれど、急に笑い声が止まったので、俺は出て行くタイミングを失った。
「でもね、温めるとあまーくなるんだよ。たまねぎ」
不意に、何か温かい感触が腕に触れる。肌を切られたわけでもないのに、そこだけ熱くジンジンして、まるでそこだけが太陽の光を吸収しているみたいだ。すると、次に、甘くて瑞々しい、いい匂いがした。香の匂いじゃなくて、姉上のような、やさしい、ふわふわした匂い。
「きっと、沖田くんもそうなんだよね、」
ああ、懐かしい感覚。柔らかいものが俺の頬に当たると、心地よい音を立てて、それはすぐに離れていった。目が冴えたはずなのに、一瞬だけ意識がふわふわと遠のきそうになる。
「そんな、沖田くん。だーいすき」
それだけ言い残して、また床の声と、布の擦れる音がして、弾むような足音が遠くへと逃げていった。
俺はむくりと起き上がり、アイマスクを外す。
「なんでィ。アイツ」
急に光を手に入れた視界に、中庭に蕾を作り始めた梅が映りこんで、なんだかとても春めかしい気分になった。