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物理の時間。クーラーも扇風機もない教室はムンムンと暑苦しくて。窓から入ってくる風に身を寄せる。茶色い猫っ毛が沖田の額にへばりついているのに見とれていたら、手からシャーペンが滑り落ちた。カシャンと音を立てて、机の上に落ちる。その拍子に芯が折れて、沖田のノートの上に転がった。
「俺ァ別の星から来たんでィ」
沖田は言った。私は思いっきり顔を顰めてしまう。他の星から来ただなんて、そんな夢のある冗談は沖田らしくない。まぁどちらにしても戯言にすぎないと思ったから、私はハハッと二回だけ笑ってやった。遠くの方では蝉が忙しく鳴いていて、ゆらゆらと景色が歪む。沖田は折れたシャーペンの芯を拾い上げると、窓の外へ放り投げた。私はノートの端に星の王子様を書いてみたが、思った以上に下手くそだったからすぐにぐちゃぐちゃと塗りつぶしてしまった。
「だから」
沖田が思い切ったように口を開く。
「たまに世界中で俺は一人ぼっちなんじゃないかって思う」
黒く塗りつぶされた間から星の王子様が笑っている。私はすこし驚いて沖田を見た。沖田は机に頬杖をついて、窓の外を向いている。
「どうして?」
「わかんね」
沖田は涼しげに笑った。
「ただ時々すげー淋しくなって、どうしよもなくなる」
淋しい淋しい淋しい。遠い孤独。誰もそれを理解することはないし、できない。沖田はきっとそれを誰よりも強く感じている。その言葉を最後に沖田は黙ってしまって、意識的に遮断していた先生の声が戻ってきた。今だ蒸し暑さは続いていて、私は近くにあった下敷きで自分の顔を扇いだ。少したってから私は少しだけ黒目を動かして沖田を見た。沖田はまだ窓の外を見ていて、その額には前髪が引っ付いている。もしかしたら沖田は暑くないのかもしれない。それだけじゃなくて、私が赤と見なしているモノを、沖田は青と見ていて、私が丸だと思っているものを、沖田は三角だと考えているのかもしれない。そして実際の所、それは黄色で、四角なのかもしれない。そこまで考えたら悲しくなって、私はノートの端を引きちぎってしまった。
「なァ」
木製の椅子をギィと鳴らし、背もたれに寄りかかった沖田がまた喋りだした。
「なに」
「この星に万有引力があってよかったなァ」
少し首を傾げると、沖田は手の平を私の手の甲に重ねてきた。私のよりも一回り大きな沖田の手はやっぱり汗ばんでいて、熱い。
「熱いよ沖田」
「ああ熱いねィ」
重なりあった二つの手は耐え難いほど熱を増していくが、離れることはない。それでもいい。これがなかったら私達は星を繋げることが出来ないのだから。


オンザプラネット

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