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餓鬼の頃木から落ちて、死に掛けたことがある。周りの奴らが死ぬかもしれない、死ぬかもしれないと騒ぐので、俺もああ死ぬんだろうなあと思っていた。まあ死んでないわけだが。あの時俺は薄れ行く意識の中で、自分が光の中に取り込まれていく夢を見ていた。俗に言う臨死体験ってやつだ。光の中に取り込まれ、光の一部となった俺はあまりの心地よさに、ああこのままでいたいと思ったが、どこからか聞こえる俺を呼ぶ声が、酷く切羽詰っていたので、俺は光の中から脱出した。俺はまだ「しんすけ」で「ひかり」ではなかったからだ。
こうして俺はこの世に舞い戻ってきたわけだが、はたしてそれは正しい選択だったのか……なんて野暮な問いは投げかけない。しかしこのようなエキセントリックな体験を、幼い頃から何度も何度もしているので、いつしかそれは俺の日常となり、何も変らない日常の静寂を嫌うようになった。だから俺は騒ぎを起こすし、祭りが好きなんだ。静寂の中に、こっそりと死んでしまわぬように。

「なあ、お前はどう思うよ」

俺は物言わぬ墓石に話しかける。もちろん返事は返ってこないのだが、俺は何度も話しかける。

「なあ、お前はどう思うよ」

やっぱり何も返ってはこなかった。俺はもっと声を大きくして訊いてみようとするが、やめた。きっと返って来ない。俺がいくら声を張り上げたって、返事なんか返ってきやしないのだ。
傾きかけた太陽の光が眩しい。時折風が頬をビンタするようにして通り過ぎていくが、木々にはまだ葉がないため、何も音がしない。苦しいほどの静寂。窒息してしまいそうになる。俺は胸を押さえて、肺に空気を行き来させてみるが、気道に穴が開いているかのように苦しくなる一方で、遂にはしゃがみこんでうずくまってしまう。そして泣く。いや泣かない。泣いてしまったら、立ち上がれなくなる。泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな。溢れ出そうになる涙をなんとかせき止めて、俺は立ち上がる。そして墓石を一瞥してから、足早にその場を去った。
俺は相変わらず騒ぎを起こす。そうしていないと、また苦しくなってしまう。そして、その中心で俺は話しかける。どれだけ大きな音を出せば、どれだけ大きな事を成せば、どれだけ大きな声で呼べば、返事を返してくれるのだろうか。爆発音、怒声、建物が崩れる音、刀と刀が擦れ合う音、パトカーの音、悲鳴。俺は指揮者にでもなったつもりでそれらを束ね、静寂の中で眠る、光に取り込まれてしまったあの人に届ける。あの人が光から飛び出して、ひょっこりと俺の元へと帰ってきてくれることを願って。



交響曲「静かなる日々よ」

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