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偶然、街で銀時にあった。すごく久しぶりだ。最後にあったのは確か2年前の日差しが厳しい日だった。あの時、私は銀時が同じ街に住んでいた事を知ったのだが、自ら進んで、再び会おうとはしなかった。なんとなく、気まずいのだ。銀時も同じような事を思っているような気がする。
私たちは適当な定食屋に入った。ちょうどお昼どきであったし、なにより2年前同様、日差しが厳しかった。
古ぼけて黒ずんだ、木製のテーブルに向かい合って座り、私たちは少しずつお互いの事を話し合った。
元気だった?、お前は、うん桂さんは?、ズラも元気だ、そう、ああ。
器量の良さそうな女将さんが、私の注文したざるうどんと、銀時が注文したラーメンを持ってきて、テーブルの上においた。テーブルがギシギシと揺れる。銀時が割りばしを割り、ラーメンをかき混ぜ始めた頃に、私が思い出したかのように高杉は?と聞いたら、銀時は一瞬目の色を暗く変えた後、しらねえとだけ吐き捨てるように答えた。

「え…死んだの?」
「死んではねえと思うけど、知らねえ」
「そ…か」
「ああ」

私はざるうどんを割りばしで掬い、つゆの中に浸した。真黒い中に、そばの白さが光る。うどんを口に含むと、つゆの味が口じゅうに広がって、べったりとしたので、うどんをつゆの中に浸しすぎたのか、と思った。うどんは白いままなのに。

「あれ?高杉のこと好きだったのってお前だっけ」
「違うよ」
「ああ、じゃあ誰だっけな」

そう言って、銀時はラーメンを強くすすった。白い着流しにラーメンからとんだ飛沫がかかってしまっているけれども、銀時はあまり気にしていないようだった。その染みになってしまうであろう小さな点々から、私はうどんを口の中でもぐもぐさせながら、静かに目を反らした。

定食屋の壁ぎわにある、小さなテレビではお昼のワイドショーが流れていて、その場所にいることを誇りに思ってそうなコメンテーター達が、先日亡くなった大物俳優のくだらないスキャンダルについて、あれやこれやと話し合っている。観念やら倫理やら、やたら難しそうな言葉を使いながら話す、半笑いのコメンテーターを見ていたら、私はなんだか虚しくなった。私のしかめ面を見た銀時が、まいっちゃうよな、と少し笑いを含んだ声で言った。私にはそれがたまらなく悲しかった。

「死んだ後もこうやって泥を塗られるんだぜ、そりゃ生きてる間悪いことしてた
のがいけないんだろうけどよ」

銀時はお椀に残ったラーメンをかき集め、箸でつかんだ。

「死んだら綺麗になれると思ってたけど、そうでもねーみてえだ」

そう言って、銀時は短くなった麺を口の中に放り込んだ。私はテレビに視線を向けたまま、何も答えられなかった。

死んだら、綺麗になれると思っていた。
息の絶えた人の体に火をつけた時に、黒く燃え盛る炎の中に微かに白く光る欠片を、私たちは何度も見た。
「確かに今は泥や埃や、血などを浴びて汚い。しかし使命を果たし、その汚い肉を焼かれる際にああも純粋な白さを我々は出せるのだ」
そう誰かが独り言のように言った言葉を、ずっと支えにしてきた。だから生き残ってしまった時、私は自分の体と共に、それに積もる深い塵をこれからも背負っていくのかと思って、ひどく息が苦しくなったのをよく覚えている。
早く死んしまいたかった。しかしこうして、だらだらと生きている内に、死んだって綺麗になれないことを知ってしまってから、私はなにか今まで必死にしがみついてきたものから突き放されてしまったような気がしていた。もう、どうしようもなかった。

「しゃーねえよ」

ラーメンの汁を飲み終えた銀時は、なかば諦めた調子で言った。私はテレビから目を離し、銀時の顔を盗み見た。銀時は色の無い無表情な顔をしている。

「え?」
「しゃーねえんだ、もう、生きてこうぜ」

銀時は懐から小銭を取り出すと、テーブルの上に置いて、そのまま店を出て行った。ラーメン代、360円。テーブルが銀時がいたという余韻を残すかのようにゆらゆら揺れている。挨拶はなかった。

生きていく。
銀時の言葉を繰り返しながら、私はまだ残っているうどんに手をつけた。



後日談

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