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鏡の中には、汗で化粧の落ちた自分の顔が写ってる。額に張り付いた髪を掬ってみると、前とは違って光を強く反射しない。髪の色を変えたからだ。昔から、そうすることで自分が生まれ変わったような感覚(錯覚)を覚える。本当は何一つ変わってなどいないのに。
「そーいやさ、何で髪の色暗くしたの?」
ベットの中で蹲っている金時は、白いシーツの上に金色の髪を散らかしている。気づいてたの?と尋ねると、気づいてたよ、と同じ調子で返してきた。ほら結局、髪の色を変えても、私は、私でしかないのだ。
「…気分?」
「そ、」
会話はそれだけで終了し、私は仕事に行く準備を始めた。壁にかけてあるお洒落な時計は、午後3時を指している。昼夜が逆転している私達にとっては、それはまだ夜中であり、午後7時になってから、ようやく私達の「朝」が始まる。それが正しいのか、間違っているのか、この世界にはまりすぎた私は、もうその答えをなくしてしまった。
今日は少し濃いめに化粧をした。元々量が少なく、短いまつげに、3度4度とマスカラをつけた。そうして出来上がった顔を、鏡に写してみると、そこにはみすぼらしい、まるで溝の中に捨てられた汚い人形のようだった。新しく染め直した髪だけが、やわらかく光を反射している。
「似合わない」
私は悟る。
似合わないんだ、この色は。いろんな男の腕の中で掻き乱したこの髪に、こんなやさしい色が似あうはずが無かった。
「なあ、」
「なに」
ベットから顔を少しだけ出した金時が、鏡の中に写りこむ。私はその方を向かずに、そのまま鏡を見ながら返事をした。
「今度、俺の店来いよ」
「…まくらはやーよ」
「まくらじゃねーよ、…てめーだってまくらだろ」
少しとげのある言葉で言われた。それに違和感を感じ、今度はちゃんと金時の方を向く。
「お金は貰ってない」
「ホテル代は俺持ちだ」
「じゃあ今度から私が払う」
「そういう事を言ってんじゃねーだろ」
そこまで金時は言葉を止め、わりい、と再びベットの中に潜っていった。シーツの上に散らかった金髪だけが綺麗に光る。私はそれに混ざることが出来るのだろうか。貴方は私の色と調和することができるのだろうか。結局私達はもう戻れない所まできてしまっていて、昔のようになることはありえないのだ。
「ねえ、きんとき」
鏡台の前から立ち上がり、私は金時が蹲っているベットに腰をかけた。
「私達、もう帰れないのかな、戻れないのかな」
「…さーな」
髪の色だけセピア色にしたところで、今の私は所詮、今の私だった。
VULGAR