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ぼんやりと何処か夢の世界に行ってしまったような、そんな感覚から、おい、という言葉で現実に引き戻される。目を醒ましたらそこはファミレスだった。この表現は適当ではないかもしれない。しかし私は寝起きの、あの気だるさを確かに感じていた。目の前にいるのは、確かコンヤクシャという人。もう何年も一緒にいたはずの人なのに、今となってはその顔さえ靄がかかって思い出せない。こうやって対面していようとも、私の中は今違うことで占領されている。私は温くなったコーヒーに角砂糖をポチャン、ポチャンと落とした。

「なにも君だけが悪いとは言っていない。俺だって、海外赴任やら何やらで君に淋しい思いをさせたのかもしれない…」

窓の外を見れば行きかう人の波が見える。私は一人一人丹念に見ていくことに精一杯で、コンヤクシャが何を言っているのかは知らなかった。あの中に特徴的な白と黒の服を着た人はいないだろうか。私にはそっちの方が重大問題だった。おい、と呼ばれて目線をコンヤクシャに向けるものの、またすぐに外をみる。これを何度か繰り返していくうちに、コンヤクシャは痺れを切らして、声を荒らげた。私はそれを見て、コーヒーに角砂糖をもう一つ沈めた。

「一度の過ちくらい許してやるといっているんだ!それなのになんなんだお前の態度は!」

とうとうコンヤクシャの顔が真赤になって、テーブルに手を軽く叩き付けた。コーヒーの水面が少しだけ揺れる。私は用意された最後の角砂糖を入れて、スプーンでかき回した。砕けた砂糖の粒が中心に向かって回る。早く溶けろとかき回す速度を速めていると、コンヤクシャはもういい、とため息をついて席を立った。

「…もし、やりなおしたいと思うなら連絡くれ」

私は慌てるでも、臆するでもなく、ただただ砂糖が完全に溶けていくのを見送るだけだった。だからコンヤクシャがどんな後ろ姿で去って行ったかはわからない。私はまた、窓の外に顔を向けた。もしかしたらあの銀色が通るかもしれない。今や私の中はその色で埋め尽くされていて、生娘でもないのにそのことを思うだけで心が破裂しそうになる。それはそう、他の事などどうでも良くなるほどに。確かに最初は寂しさを紛らわす手だったのかもしれない。しかしこうやって自然と貴方を探してしまうのは、きっともうそのうねった髪に絡まってしまっているから。そう思って薬指にはめられたシルバーリングに触れると、指がチリリと少し痛んだ。ごめんね、と私はそう呟くと、もう一度夢の世界に戻るべく、すっかり冷えてしまったコーヒーに口をつけた。





甘いコーヒー

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