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銀ちゃんには大切な人がいる。
いや、いた。


「ここらへん来んの初めてだっけ、」


空を見上げると海のように真っ青な空が広がっている。視界の横で揺れる青葉がそれに映えて綺麗だ。
後ろを振り向くと、いつものように白いくるくるパーマの銀ちゃんが立っていた。
私は屈ませていた体をゆっくり持ち上げる。

「うん、」

銀ちゃんは片手一杯に白い百合を抱えていた。銀ちゃんが花束を持つだなんてちょっと可笑しい。
でもそれは銀ちゃんにとてもよく似合っていて、まるで2人は寄り添うようにその場に立っている。
私は一つわざと瞬きをして、銀ちゃんの横に立つ。

ひゅぅと風が吹くと白百合のラッピングがカサカサ音をだした。
此処は江戸のど真ん中だと言うのに、不思議なほど静かで、たまに遠くの方で鐘の音が聞こえる意外は何も音がしない。
たくさんある中でひときわ目立つまだ真新しい墓石は小さな墓地の端っこの方に立っていた。
いいとこだろ、選んだのズラだけど、と銀ちゃんは首をすくめて言った。
目の前で線香の煙がゆらゆらと立ち上る。

「今年もいー天気だ」

これを梅雨の中晴れというのだろうか、先日まで続いていた記録的な大雨は今朝方ぴたり止んで、雲ひとつない清々しい陽気となった。
それまでの騒ぎが嘘のようだ。
銀ちゃんは言う、毎年この日だけは晴れるんだ。





銀ちゃんには大切な人がいた。

銀ちゃんがとても大切にしていたその人は昔、戦で死んでしまった。
私が彼女の存在を知ったのは、ごく最近の事だ。
銀ちゃんはいつだってイキナリだ。
聞いたわけでも、探ったわけでもなく、銀ちゃんの方から何の突拍子もなく話した。

いきなり、というのはあくまで私の感覚で、もしかしたら銀ちゃんは一週間前から、一ヶ月前から、一年前から考えていたのかもしれない。
きっと長い執行猶予を経て明かされたことなのだ。
銀ちゃんだって考えなしに、大切なものを見せたりはしない。それくらい、私だって知っている。
しかし私にとってそれはやはりいきなりだった。

もうすぐ命日なんだよ、銀ちゃんはいつものように間伸びた声で言ったが、演技をするのが巧いからそれが本心かは定かではない。

チクリと痛みが走った。
俺ァアイツん事護ってやれなかったんだ、悲しく自嘲する銀ちゃんは今でもそのことを後悔しているんだろうし、きっとこれからも引きずっていくんだろう。
やさしいから。

貴方は何よりも強くて脆くて、そしてひどくやさしいから、それからの逃げ方を知らないし、知ろうとも思わない。
ああ銀ちゃんに抱きしめられたとき、潰れそうに重かったのはそれだからだったのか、と私はぽつりと思った。
面倒なことをあしらうのは巧いくせに。

私は何とも言えない気分に包まれていた。
視界が歪んできているのは目に見えてわかるのだが、そうわいかない。
私の安っぽい涙で汚すわけにはいかなかった。
しかしそれもあっけなく敗れ去って、瞬きをした瞬間ポタリと一滴零してしまった。
しまった。
慌てる私を銀ちゃんは笑って、親指で私の目を擦った。それを皮切りに幾つもの液体が目から零れだす。
ごめんな、銀ちゃんは言った。
ごめんな、こんな話して、ごめんな。
私は自分の首が千切れてしまいそうなくらい首を横に振ったが、銀ちゃんはそれからもごめんな、ごめんなと言うばかりだった。

ごめんな、ごめんな、

小一時間くらい経つと、出す物も出せなくなって、私はヒグヒグとしゃくりあげた。
その間ずっと傍にいてくれた銀ちゃんは思い立ったように膝を叩くと、壁にかけてある日めくりカレンダーに大きく丸をつけた。

「この日、」

墓参りに行こう。



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