ごちゃまぜ

□梅崎司
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彼、梅崎司は長崎県に生まれ、大分県の高校を卒業後、それまで所属していた大分トリニータのユースチームからトップチームへと昇格。同チームにて2年プレーした後、フランス2部のグルノーブル・フット38に期限付き移籍。約半年後、大分トリニータに復帰、そのまま1シーズンを大分で過ごし、リーグ終了後、浦和レッドダイヤモンズに完全移籍する。
直線距離にして約34000キロメートル。

「とはいえ、これは梅崎司が住んだことのある場所と場所を繋げただけの単純なものなので、正確な数字ではない。例えば遠征などで移動した距離を考慮すれば、また違った結果が出てくるだろう……はい、考察終了!」

そう言って、手に持っていた地図帳を閉じると、ソファに腰掛けている梅崎司がテーブルに座る私を訝しげに見てきた。

「さっきから何ぶつぶつ言ってんの?地図帳なんて見て、なにそれ持参?」
「ウメが今まで移動した総距離です!」私は地図帳を梅崎に向けて投げつける。「そして私が移動した総距離でもあります!」

宙で弧、いや弧ではなく直線を描いた地図帳は、梅崎の顔まで飛んでいったが、激突する前に梅崎の右手によって床に叩き起こされる。私は大きく舌打ちした。

「つーかお前、住んだ所だけっつーならフランス、住んでないじゃん、大分も……浦和にも住んでませんよ!」
「でもフランスにも大分にも浦和にも出向きましたーその所為で私有財産は半分に減りましたー」
「知らんよ、んなもん」

梅崎は床に落ちた地図帳と拾い上げると、一番最初にある世界地図のページを開いた。そのページには長崎から伸びる2本の赤い短い線と長い線、そして同じ色のペンで書かれた計算の跡。なんだか頭の中を覗かれているような気がして、私は椅子の上で体育座りをし、膝の上に額を乗っけるようにして頭を垂らした。ふえーフランス遠いなー、とわざとらしい感じに感嘆する梅崎の声が聞こえてくる。日本とフランスは本当に気が滅入るような遠さだった。

「あー私の人生ってなんなんだ?男追っかけて私有財産半分に減らすって、いや財産ってほど多くはないんだけどさ」
「ならいいじゃん」
「よくねえよ」私は顔を上げて、梅崎を睨みつける。「なんていうか自分主体じゃないっていうか、私の人生なのに主役はウメみたいな」

私は梅崎とは違って、人生何かに賭けてるわけじゃないし、これといってやりたいこともない。ただなんとなく流されるようにして生きている私にとって、梅崎が行く先々に出向いてサッカーしている所をみたり、こうやって一緒にいたりすることが、唯一、本当に唯一と言っていいほど、やりたいことなんだと思う。

「でも時々それっていいのって思ったりして、特にテレビでウメを見てる時によく思うんだけど、ああウメはサッカーを頑張ってるけど、私は何を頑張ってるんだろうって……仕事は頑張ってるけど、なんだか、あーもう嫌だ、死のう、死んで男の子に生まれ変わって、サッカーやってやる、世界一のファンタジスタになるんだ」
「おいおい、趣旨かわってんぞ」梅崎は落ち込む私に気を使うことなく、からからと笑って地図帳を閉じた。「つまりはアレ、人生の意味的な話だろ?」そして挑発するように地図帳を私に突き出して、言った。「別にいいんじゃねえの?お前の人生だから、とやかくは言わないけどさ、もし俺の傍にいるのに意味がないなって思うなら、俺が意味を作ってやるよ。私有財産半分に減らしてまでも会う価値がある男になってやるよ」

私は何も言わず、やたら自信満々な梅崎を見つめた。束の間の沈黙。

「あれ?」梅崎は突き出した地図帳を床に落とし、意外そうな顔をする。「ここはキャー司クンカッコいい〜の場面なんだけども」

私は椅子の上での無理な体勢を止め、努めて冷静な声で言う。

「いや、なんていうか……寒いな、と」
「なーんでそんなこと言うのー」

いや寒いでしょ、と言おうとしたところで私は我慢できなくなりニヤついてしまう。それを見たウメもつられてニヤニヤする。お互いにニヤニヤして、私は楽しい気分になってきた。そしてああそうか、だなんて思う。

「かっこいいよ司クン」
「嘘だ、もっと気持ちを込めて言えよ、真剣に寒い台詞言った俺が恥ずかしいだろ」
「かっこいいって司クン」
「もー嫌だ、死のう、死んでまた俺に生まれて、キャー司クンかっこいい〜て言われる世界一のドリブラーになってやるんだ」

意味がなければ、作ればいいわけで。
梅崎はサッカーに意味を見出して、サッカーを頑張っているし、私はサッカーを頑張っている梅崎に意味を見出して、毎日を頑張っている。対象が違うだけでやっていることは同じなのだ。

「かっこいいよウメ」

と思うことにする。



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