first
「せーんせぇ―――っ!!」
…来た。
〜恋に効くクスリ〜
近づいてくる声と全速力の足音、そして…
「先生っ!!」
ノックも無しに、勢い良くこの保健室の扉が開かれる。
息一つ切らさずに、至極健康そうな顔をのぞかせたのは、うちの学園の…と言うより俺にとっての問題児、枢木スザクだ。
「廊下は走るな、それからここの扉はノックしろといつも言っているだろう」
というか毎日。
「そっか。先生っ、俺風邪かも!」
スザクは悪びれた様子も無く、笑顔でそう告げる。
「……」
俺は溜め息を一つつ吐くと、スザクの顔に緩慢な動きで手を伸ばした。
スザクはポカンと口を開けたまま、俺の手の動きを見つめて固まる。
「先…せ………っ?い"ッ!?」
俺はその鼻をギュッと思いっきり摘んだ。
スザクは涙目で俺を上目遣いに睨む。
あ……。
「きっ、気のせいだ。馬鹿は風邪をひかないと言うだろ?さっさと次の授業が始まる前に戻れ」
「えー…」
スザクはぶーぶー言って居座ろうとしたが、俺は構わず摘み出して白衣を翻した。
俺の司る保健室で授業をサボろうとするなんて、いい度胸だ。
…が。
翌日。
「先生ー足痛いー」
「お前今走って来ただろう…」
翌々日。
「先生ー頭痛いー」
「頭が痛いのは俺の方だ…っ!」
翌々々日。
「先生ー」
翌々々々…
…この数日に限った事では無い。
いつからだっただろうか。
度々やって来ては、何かと理由を付けて授業をサボろうとする。
そのクセ、体育だけは絶対に休もうとはせず、この間の体力測定では確か学園で一、二位の成績だったはずだ。
そんな超健康優良児が仮病を使う事自体、無理があるとは思わないのだろうか。
加えてあの本当に人を騙す気があるのかも怪しい演技(?)。寧ろそうと呼ぶ事さえおこがましい。
仮病を使おうとする他のどんな生徒も、満面の笑みで症状を訴えてくる馬鹿はいない。
…当たり前の事だが。
「先生腕…」
「お前、もしかして俺に相談したい悩みでもあるのか?」
無さそうだとは思いながらも一応訊ねる。
「え……っ!え……と、あるって言えばある、のかな…」
え。
俺とした事が、悩みを持ち掛けようとしていた生徒の心に気付けなかっただと…?
「あるのか?」
俺はスザクにズイと顔を近付けた。
「っ…!!な…無い無いッ!無いよ先生っ!!」
スザクが凄いスピードで後退した。
心無しか頬が火照っている様だ。
「だ、大丈夫か…?顔が赤いぞ」
スザクは俺に背を向けて深呼吸を繰り返している。
「大…丈夫…」
そういう風には見えないが…。
「良くは分からないが無理はするなよ?まあ大丈夫そうなら授業に戻れ」
スザクはまたブツブツ言いながらも、結局は出て行こうとする。
「あーあ。俺、病弱だったら良かったのにな…」
「スザク」
振り返ったスザクは、俺の目を見て表情を硬くした。
「…冗談でも、二度とそんな事は言うな」
俺はゆっくり、なるだけ言葉がその本来の重みを持つように、言った。
「…ごめんなさい」
スザクからも、真剣さが伝わってきて、俺は表情を和らげた。
「それからここに来たいのなら、授業と被らない時に来い」
まあ、授業がサボりたいだけなら来る必要は無いがな。
俺はからかう様に言った。
「…え、いいの…?」
「ん?」
「授業中じゃ無くても、ここに来ていいの?」
「……は?」
と、そんな事を言ってしまったばかりに、俺は益々奴に居座られる事になってしまった。