bleach(一+日)
□君の背中(下)
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「風呂、勝手に使って悪かった」
「え、ぁあ……いや」
長い時間シャワー室に閉じこもっていた冬獅郎を呼びに立ち上がりかけた時、頭からバスタオルを被り死覇装を整えて冬獅郎が出てきた。
まだ濡れたままの髪をほったらかしにその場に突っ立っている冬獅郎を見かねて、俺はゆっくりと歩み寄る。
「髪、拭かないと風邪ひくぜ」
「……黒崎」
「なんだ?」
「……悪かったついでに、頼みたいことがある」
「改まってなんだよ」
銀色の髪が月の光に反射している様子を少しの間眺めていた俺は、冬獅郎の身体についた無数の傷が目に入った。
身体のところどころが、擦り傷と鬱血の痕で赤くなっている。
この傷を消す為にこいつは時間も忘れて身体をずっと擦っていたんだろうか。
何も、
なかった。
そう、言い聞かす為に。
「今日のことは……黙っていてくれないか」
「……?」
「雛森にも、……松本にも心配は掛けたくない」
「冬獅郎?」
「皆平気なフリをしているが、平気な筈はないんだ……こんなことで、問題を増やしたくない」
「冬……」
「俺の不注意だ。俺なら大丈夫だから」
「……」
「だから、……」
「おい……」
頭から被ったバスタオルの上から両頬を挟んで、俺は冬獅郎の視線を無理やりに奪った。
頬から手のひらを通って伝わる冬獅郎の震えが、偽物でないことを俺は再確認する。
泣いていた。
冬獅郎の翡翠の瞳から温かい雫が静かに流れ落ちる。
「大丈夫なんて、そんな顔して言うんじゃねぇ」
「っ……」
「大丈夫じゃねぇって、こういう時は言っていいんだ」
そう言った時には、冬獅郎を思い切り抱き締めていた。
か細い声が耳元で響くのを無視して、俺は抵抗の腕ごと冬獅郎をこれでもかってくらいに包み込む。
「お前は荷物を持ち過ぎなんだよ」
「でも」
「でもじゃねぇ」
「俺は、……隊長は、弱い訳にはいかねぇんだ」
「俺の前だけなら問題ねぇ」
「くろさ……っ……」
んっと小さな声を漏らした唇を、貪るように俺は奪った。
強張った緊張も
悲しみも苦しみも
今だけは忘れられるように。
そう願いながら、気付けばこいつに堕ちていく。
「…くろ……き……ッ」
「うるせぇ、黙ってろ……」
「んぅっ……ふ……、ッ」
次第に身体の力が抜け、縋るように俺へ体重をかけてくれば、やっと唇を離してやった。
まだ不安を抱えたままの瞳が、俺を自信なさげに見上げる。
「俺の前で、」
「……?」
「俺の前で大丈夫なんて言うな。冬獅郎……」
「……くろさき」
まだ整わない呼吸の合間で間近に冬獅郎の脆さを感じていると、このままこいつをどこかへ閉じ込めてしまいたくなる。
「お前は上手に自分の傷を隠しちまうから」
「っ……」
「目が離せなくなっちまったんだ」
雛森を守れなかった自分を憎んで、松本を悲しませてしまった結果を、自分のせいにした冬獅郎から、
目が離せなくなってしまったその理由。
ただこいつが、
愛しくて堪らなかったんだ。
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