定点観測


◆コンビナートのある町 

中学校で毎日騒ぎを起こしてくれる女の子がいる。このYちゃんに初めて会ったのは先月の終わり。私の初出勤の日だった。彼女はHちゃんと一緒にかなり遅めの登校をして、なんでかはわからないが図書室に入れられていた。暇な私が話し相手を仰せつかって約一時間彼女らの恋愛遍歴を聞いたのが始めである。

二人とも二股三股は当たり前、最短一週間というサイクルで幅広く付き合って来たという。話すうち、Hちゃんが京都にいたというので私とローカルな話題で盛り上がるとYちゃんはコテッと寝てしまった。

その時予感したとおり二週間後に二人はついに「ロックタウン(ショッピングセンター)の闘い」で決裂するのである。勝ったのはわずかばかり体が大きいHちゃん。しかし、Yちゃんは悔しくて翌日一時間目にHちゃんの教室に殴り込み、Hちゃんの髪を引き摺りおでこを殴りとりあえず溜飲を下げる。

Hちゃんはそれ以上やり返す事はせず余裕の態度。元々Hちゃんの彼氏はこの中学校で悪いほうからNo.1というS君である。ロックタウンの闘いの理由の1つは、S君の子分である男子達がHちゃんと一緒に行動してYちゃんをないがしろにしたという事らしい。

Yちゃんはそれから懸命に周りを取り込んで行く。S君の子分の男子やHちゃんのクラスの女子。そして元々うつ気味でマイペースな登校をしていたHちゃんはどんどん孤立する。それでも彼女にはS君がいるし、実は家ではS君の親友でNo.2であるR君に電話やメールで甘えているのだ。R君は迷惑がりながらもまんざらでもない感じ。Hちゃんは何となく「魔性」ぽいのである。若い女の先生が本気で悔しがるくらい…

どちらかというと痛々しいのはYちゃんの方で、やけくそ気味である。メールで他校の男子を呼び寄せるが、先生に見つかり追い返される。怒ってトイレで私服に着替えて(持って来ていたんだ…)先生方の制止を振り切り逃走。

翌日サンダル履きで登校しようとして複数の体格の良い先生方に囲まれ(皆腹囲が大きいので惑星大集合のようだった)セーラー服が切れ切れになるくらい抵抗して暴れる。興奮して泣き叫ぶ。

そのあとはちょっとスッキリして、放課後校長宛にラブレターを書いていた。「けさはお騒がせしてゴメンネ!!」プリクラを貼ったり何故か私の眼鏡まで描き込んだりしてかわいく仕上げていた。無事渡したらしく夕方校長が手に持って憮然として歩いていた。


最近はYちゃんはSさんと、Sさんちの大きな白い車で社長登校している。つまり毎日遅刻しているが、私が補助で入る数学の時間等、今までのように寝たりせずノートをとっている。先日学校まで来て追い返された他校の男子と付き合っているそうでプリクラをあちこちに貼って歩いて披露している。

というわけで女子の方はロックタウンの闘いを境に勢力図は変化したがそれなりに落ち着く所に落ち着いた感じ。
まずいのはむしろ、男の子の方である。Hちゃんの彼氏S君もその悪友達R君も私立に落ちてしまった。当然と言えば当然なのだが、本人たちはやはりショックなのだ。そんな時、先生が授業中に「君達私立に受かっているからと油断していたら駄目よ!!」等と言うものだからR君は「俺の事なんか誰も考えてないんだ!!」と泣きながら飛び出す始末。

S君も教室で誰かが自分の事を笑ったと思い込み飛び出して下駄箱を殴り血だらけになって保健室にやって来た。

被害妄想になるくらい私立に落ちたくなかった彼らはこれまで一体何をしてきたのか。不思議に思い色々調べてみたら

R君2年の時。
父が「俺のせいで息子が悪くなった。俺さえいなければいいんだろ!!」と海に飛び込むがR君に助けられる。その後も父不安定。
3年になり、彼女ができて勉強する気になる。メールで「君がいるから頑張れる」と伝えたところ「重い」と言って振られる。その後むちゃくちゃ。

S君とにかく勉強わからなくてずっとむちゃくちゃ。しかしR君ともう二人の悪友達が「一緒に高校に行こう!!」と言ってくれたので頑張ろうと思う。父親に高校に行かせてくれるよう頼むが、その話し合いも危険なので近所に住む親戚が立会人になる。話し合いを前に、父親が「どうせ俺が悪いんだろ!!俺さえいなければいいんだろ!!」と二階から飛び降りようとするのを娘(S君の姉。S君は日頃祖母の家に住んでいる)に止められる。父親はそのあと財布を持って家を飛び出し行方不明。

S君の彼女であるHちゃんは彼がいかに勉強が苦手であるかよく知っているので「無理に高校行かなくてもいいよ」と言っている。それは「高校に行かないS君でも私は好きだよ」という意味なのだが、「純粋」なR君には信じられない。「彼女だったら頑張れっていうのが普通だろ!!」とカンカンに怒っている。「あいつのせいで俺達はバラバラになりそうだ」

ようするにビートルズに対するヨーコさんのような立場にHちゃんはいるのである。しかも以前はR君を目の敵にしていたS君の母親は今度はHちゃんの悪口をメールでR君に送っているらしい。敵の敵は味方という事か。しかし息子の友達に息子の彼女の悪口をメールするって、なんか奇怪な話だ。


Hちゃんの母親は、父親の暴力からHちゃんを連れて逃げて来たのである。心の病が重いようである。Yちゃんの母親は離婚後働いて家を支えてきたが、最近妻子ある彼氏ができてしまいあまり家に帰ってこない。職場には相手の奥さんから罵倒の電話がかかって来るらしい。家には仕事を辞め女に逃げられた兄とその幼い子供、中学校3年の姉Nちゃん、そしてYちゃんが住んでいるが、Nちゃん以外は滅多に家にいないようだ。

このNちゃんはアニメ好きでボーイッシュ。妹と違って家事もよくする責任感の強い子だ。自分がもっとしっかりしないから両親が離婚して今のような状態になったと思っているらしい。しかしどこかのお父さん達のように「俺さえいなければいいんだろ!!」とか叫んで飛び込んだり飛び出したりはしない。自分しか家の面倒をみるものがいないと分かっているからだ。


最近Nちゃんには彼氏ができた。ちょっと奇行の人ではあるが、Nちゃんの毎日を彩ってくれる事を願う。


ざらっと見ると、老いも若きも男のほうがどちらかというと情けない感じがする。一般的に女の子はねちねちしてややこしい、とよく聞くが、ここで見る限り男はだいたい女々しくて情けない。例えば、Hちゃんのような懐の深さを認めず、むしろ不快に思って憎むR君は「純粋」と皆さん評しているが、私には単なる我が儘、人間の小ささとしか思えないのである。

女の「なるようになるさ」的な懐の深さは往々にして「だらしない」と受けとめられがちだ。何故か男は、どんな状況にもかかわらずやみくもに「ファイト!!」と励ます女に安心感を持つらしい。冷静に状況を判断する女は頼もしいどころか「信用ならない」と思われるのである。



しかし、時々職員同士で話すが「なんで私達はこんなに生徒の男女関係に詳しくならなければならないのだろう!!」そう。別に知りたくもないのに向こうからどんどん言って来るのである。自分なら絶対そんな話先生にせんわ、とロベスもあきれるが私だって絶対にしないだろう。家の事も友達同士の関係も、きかれてもまともには答えないだろう。

昔、悩みを誰にも言わないでいきなり農薬を飲んで死んだ先輩がいた。話してくれていたら…と思った人は沢山いただろう。しかし、話したからといってあの人が農薬を飲まなかったかどうかはわからない。

その家は床屋だった。学校帰りにこっそり私は窓から中を覗いてみた。夕日がさす誰もいない店の中にお父さんが一人で立っていた。私は始めしばらく「人殺し!!」というちょっとした「純粋」な感傷で見つめていたが、なんだかよくわからなくなり、とぼとぼと家路についたのだった。

2013/02/24(Sun) 22:17

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