きら星

どこかで会った人びと
◆若い人 

これまで滅多に歳上に恋心をいだいた事がない私には、たとえば学校の先生に恋をするなんて信じられないことである。その手の漫画とかドラマとかは、まあ作り話だから楽しんで見るけれど、自分の身の回りでそんな事が起こるととても気持ちが悪い。
思い出したが、中学時代の同級生が、かつての担任と卒業後に不倫関係になり、先生は離婚、転職なんてこともあった。この先生は確かに大学でたて、長髪サングラスの格好良い人だった。奥さんは歳上の美容師で学生時代に結婚したらしい。二人でグラウンドの向こうの教員住宅に住んでいたので、子供が産まれたとき生徒何人かで訪ねて行ったことがある。
綺麗な奥さんで、部屋には山口百恵の秋桜がかかっていた。その時一緒に行った中には、後に先生と不倫関係になるあの子もいたのだった。

自分がその業界で働きだしてから知ったが、意外と先生と教え子のカップルは多いのだ。しかも、生徒からも同僚からも普通に祝福されていたりする。
だが私は正直な話、羨ましくない。つねに自分より若い人が好きな私であるが、これは羨ましくない。何故だろう。

私は意外と真面目な人間だ。建前をどこまでも通し続ける私からすれば、生徒はみな平等な目で見なくてはならない。たとえ卒業したからといっても生徒だった頃から特別に思っていたのかと、他の子が思うかもしれないから、教え子とどうこうなんてのはだめだ…

だいたい、自分が生徒の頃、先生なんてただただ「キモい」か「気の毒」な存在だった。同僚になってみても悪いけど印象はあまり変わらない。概ね良い人達だとは思うけれど、異性としてのアピールには欠けるのである。

ところが最近異変が起こった。なるほど歳上や近い年代の教員ばかり見てきたが、ここに至って新種に出会ったのである。自分よりたいそう若い同僚というものだ。今までも若い人はいたのだが、大抵落ち着いていて思慮深い、できた「先生」だった。それがまあ今回初めて、気絶しそうなくらい駄目でいい加減で軽い、正に今時の若者が同僚となったのである。
初めて会った時、いきなり私の上履き(木靴みたいなんだが)を褒めてくれた。悪い奴では無さそうだが、とにかくヘラヘラふにゃふにゃしている。
頭のある魚は食べれません、とか、「全然大丈夫です」とか、なんでもネットから疑いも深慮もなしにひいてくるとか…これは全然大丈夫じゃないよ、といつも思って見ていた。

しかも私と同じ高校の出身ときた。こんなぼんくらばかりの学校になったのか、と情けなかったが、まあ憎めない奴なので、後輩として色々庇ってもあげたし、顔を合わせると冗談を言い合うくらいの仲良しではあった。
ある時、給食の配膳中に、ご飯粒が指先について「あー、ままつぶが、ままつぶが」と私が呟いていたら、彼が自分の指先で取ってくれたことがある。その時である。正に指先がビビビ!と痺れたのである。その事に少なからず私はショックを受けた。うわー、こんな事で恋心って芽生えるんだ!というショックである。


もっとも、彼には最初から公言して憚らない大学生の彼女がいる。クリスマスに彼女に自転車を買ってあげたんですよとか、最近彼女が韓流にはまっちゃってとか、ききもしないのにべらべら喋るのだ。きっと私を親戚の伯母さんくらいに思っているのだろう。さびしい気もするが、まあ当たり前のことだ。
私の車が壊れた時、彼は一週間以上毎日送り迎えしてくれた。始めは二三日のつもりだったが、「あと一月くらいいいですよ」と言ってくれたのだ。私を送るので、いつもより早めに堂々と帰られるので都合が良いのだという。早く帰って彼女や友達とインターネットカフェで五時間くらいゲームをするんだそうだ。

彼は若いのでとても良い匂いがする。多分柔軟剤かなんかだろう。朝などは髪を洗ったまま乾かしながら運転してくるのでシャンプーの匂いだろう。部活に出ていた帰り道には、黒いウィンドブレーカーに染み込んだ冬の風の匂いもした。

運転していて対向車にゆずられた時に、おっさん風な律儀な手の挙げかたをするのが私の気に入った。彼は私よりもとても若いのに、そんな時は、父の運転する横に座っていた昔を思い出した。同じ中学校の教員だった父とは、冬の間時々一緒に学校に行っていた。誰かと一緒に通勤通学するなんて何十年ぶりだろうか。おかげで心穏やかな幸せな一週間だった。

行き帰りにくだらない話も、結構深刻な話も色々した。車検の話をしていてふと見ると、彼の車検は丁度三日前にきれていて二人で青ざめたこともあった。

私の車が戻り、オートマ限定の彼の軟弱な軽自動車に別れを告げた。今は意外と清々しい気分である。思えば五月頃、私の車に乗せてやった事があったが、その時彼はしきりにミッションに感心してくれたものだ。そんな事を思い出しながら自分のスバル車を運転していると、私はやはりあのあんぽんたんよりは大人で良かった、と思うのだ。

ただ、生まれ変わったらこんな軽い先生に恋する女の子になるのも悪くはない。

2011/03/07(Mon) 00:16

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