きら星

どこかで会った人びと
◆浦島の人 

母を病院に連れて行き待合室に座っていたら壁に「認知症は単なる物忘れではありません」というポスターが貼ってあった。それをみて母は「認知症というのはやれんものだ」と話し始めた。そう、それはあなたの事ですと心で叫びながら聞いていたら同じ村の老人Tさんの話をするのだった。


Tさんはある日広島大学附属病院に検査に行った。終わって駐車場の自分の車の所に行ったが、そこから後は全く判らなくなった。
家族は手を尽くして捜したがみつからない。不明のまま数年が過ぎた。
数年後のある日突然、京都のある家で一人の女性と暮らしていたTさんは思い出した。広島大学附属病院の駐車場で車に乗ろうとした事を。そして何故か駅に行って新幹線に乗り京都に来たことや、広島の山奥の村に妻子や孫が居ることを。
そうしてTさんは帰って来て今も健在で村に住む。
何故京都に行ったのか、何故見知らぬ(はずの)女性の家で暮らしていたのかは未だにわからないそうである。

という話をする母に「それはもう認知症というよりは浦島太郎の世界じゃないか」と私は呆れて言った。世の中には正に小説より奇なことがあるものだ。
いや待て。
もしかすると隠れ太郎さんや太郎になりそこねた人は結構いるのかもしれない。面白くもなさそうに陰鬱に日々を過ごしていた父が、死ぬ前年私にぽつんと「人生は面白いもんだ」と言ったのがいつまでも不思議だったのだが、もしかしたらその時父はTさんにあやかろうと思っていたのかもしれない。

2010/10/11(Mon) 18:52

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