蛍の光

私が生まれてこのかたほとんどの時間を過ごしてきた「学校」なるものに関する色々です。
◆玄武岩 

あまり熱心に受けなかった高校の授業の中で、唯一好きだったのは地学だった。なぜ好きだったかというと、よくわかったからでも先生が面白かったからでもない。また、授業中級友と交流したからでもない。
地学は、それらとまったく無縁の授業だった。先生は退職後の非常勤のお爺さん。授業はやたら難しい。教科書を見たら先生の言っていることの十分の一くらいがわかるくらいだ。しかし教科書なんか見ていたら、あっという間に黒板が意味不明のラテン語で一杯になっている。したがって授業中はラテン語を写すだけで精一杯だ。
おまけに、この先生は高校なんかで教えるのは不本意だと言ってのける。嫌味を言いまくる。どうせ君たち解らないよ、フッフッ…
というわけで、生徒は誰もまともに聞いてはいない。寝るかじっと堪えるか耳を塞いで教科書や参考書で勉強しているか。
私も家で「一人で学べるシグマなんとか」で勉強して初めてわかった。だが、地学の時間はあれはあれで愉しいのだ。ぶつぶつと呪文のような先生の言葉に私は必死で耳を傾け(だが半分も聞き取れない)、黒板に溢れてはさっさと消し去られるラテン語と奇妙な図解を写し(しかし何処から始まったか解らない)、時間はあっという間に経つ。およそ退屈ということのない唯一の授業だった。

卒業後、十年くらいして市内の中学校で臨採をしていたある日、私が留守番している職員室にふらっとこの先生が入ってきた。歳を更にとっておられたが、一目であの地学の先生だとわかった。しかし、なぜここに?何をしに来られたのか?、説明してくださったが例によってホニャホニャと何をおっしゃっているやら聞き取れない。ともかく、自分は◎◎高校の卒業生で地学が好きだった、とお世辞抜きで言った。先生は「ホホッ」と笑った。玄武岩についてちょっと質問したら、職員室の行事黒板に岩石の名前、組成をダーッと書きなぐりながらあの調子で小一時間講義して下さった。そうそうこれが好きだったんだよな、と心で笑いながら、思いがけぬ愉しいひとときだった。

2010/05/06(Thu) 22:22

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