02/17の日記

16:13
神は社に鎮まりて
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昨日の朝方、自分の夢を見た。若い頃、髪が天パで短かかった私が歩いていた。寝る前にシワが深いなあ、そもそもこんな顔だったかいな…等と今更な事を考えていたからだろうか。

夢にしては大して美化もされておらず、ああこんな感じとまるでビデオを見るような気がした。

思ったよりも天気が良くなったので母を実家に連れて行く事にした。前日から雪だったので、植物園にでも行こうかと考えていたのだ。しかし一応この日2月16日は父の命日。今年は11年目で、昨年初めての式年祭をしたばかりだから当分祭りはしなくてよい。とはいえ、家に行って社にくらいは詣る方が良かろう。しかし雪で簡単には入れないだろうし母も寒いだろうし。では植物園でいいんじゃないか。父母も好きだったし。

ところが空は11年前の朝病室から見たように青く晴れ渡り、もう迷うこともなかった。グループホームに迎えに行き、一路我が家へ。道路に雪はほとんど無く気温も10度に上がっている。大体いつもそうなのだが、何処よりも雪が多いのは我が家の周りである。車に母を残してトランクに常備している長靴、スコップで先ず道路から門柱まで道をつける。そこから雪の浅い建物の壁に沿って一番近い入り口まで獣道をつける。

家の端っこ、昔の車庫にこれではいりこめる。車庫からスノーダンプを取り出してさっきつけた道をもう少し拡げる。さて、母の手をとって車庫まで迎え入れる。靴をぬがせ、車庫からウォークインクローゼット(物凄く良く言えば)にもぐりこむ。背広やコートを潜り抜けてドアを開けると父母の寝室である。

冬場はこんな風にナルニア国と行ったり来たりするような帰宅が普通なのである。かび臭い部屋部屋を母の手を引いて通り抜け、台所のストーブをつけてそこに座っていてもらう。社の榊を取り替えようとするが水がこおっていて、枯れたのを取り出せない!湯を沸かしていると母がコンロで手を暖めようとするから「ダメ絶対」と叫ぶ。そしたら流しに厚くはった氷を素手で剥がそうとして「やれんでこれははげやせんで」と言っている。手を切るからそれは置いといてくれと頼む。

色々な凍りつくような瞬間を越えてなんとか社の中を整え、仕上げに究極の義理チョコ(御供え)を置く。11年前最後のバレンタインデーを私は忘れていて(瀕死なんだから要らないと思ったのも事実)。見舞いに来た甥の嫁が善人面して枕元に置いて行ったのでくっそう!と悔やんだものだ。たまたま自分用に持っていたラミーをあげてごまかしたが、取り返しのつかない不覚だった。

チョコは義理だが父は確かに私の最愛の男性である。今は「トシヒロウシノミコト」というカミサマになっているから最愛の男神というべきか。肝心の母は、父の命日とか全くわかっていないしカミサマだという事もわかっていない。父の顔も忘れている時もありそうだ。今となっては昔どう思っていたかも良くわからない。

帰りがけにオークガーデンに寄ってお茶にする。ここの近くに火葬塲がある。葬式の日も晴れていて白い雪山に青い空。真っ直ぐに煙が昇って行ったね、と呆ける前の母はしょっちゅう言っていた。「なんの未練も無いように真っ直ぐ」

すっかり父のことを忘れたのかと思ったら、「あの山の上だけえの。パパが勤めた学校は」等といきなり言う。「上がり口を間違うとなかなか行けんけえの」そう言えば何年か前に父か若い頃勤めた学校あとを探して見つけられなかった。全然違う場所だが、母の頭の地図はそうなっているのだろう。

父であったミコトは社に鎮まりて。
夢で見たような私の姿が生前の父の意識にあったのだろうか。昔、情けない私の姿を水彩で描いてくれた事があった。御神木のような大きな樹の根本に寄りかかり守られる息も絶え絶えのセミみたいな、天パの私だ。

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