12/01の日記
11:32
また会う日まで
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R帰省。仕事の人間関係は「相手がやめる時には一発殴ってやりたい」感じらしいが、そんな事も言えるようになったのが親としてはむしろ安心。
初耳だったが、Rは中学校時代、英語の時間に質問に答えられず教室を飛び出したのだという。捜索隊が出たろう、と言ったら「誰もこなかった」そうで、昔の事だがいいのかK中学校。当時は飛び出すどころではない生徒が沢山いたK中学校だからRごときは「心配無いでしょう」で放っておかれたのかもしれない。
英語は「ギャンギャン言う女の先生で嫌いだった」から何回か飛び出したらしい。私はそんな事、一度も学校から聞いていない。「なかなか登校しないので捜索隊を出しました、河原で(ご自宅の押入れで)発見しました」という報告は担任等からよく受けて平身低頭していたが…
Rはなかなか言葉で表せないタイプだったから行き詰まって飛び出したのだろう。「やるじゃん」というのが今聞いての私の感想である。
私は中学生の頃、弁は立たないが根拠の無い自信を持っているタイプだったので飛び出す理由は無かった。しかし、今現在職場で教室から飛び出す事がたまにある。それは担任のi先生がグダグダだらだらと、何を言いたいのか何を皆にやらせたいのかさっぱり解らないので見ていてイライラがMAXになった時である。私だけではない。同じく補助の元自衛官お爺さん先生も時を同じくして飛び出し、二人で「やっとられん!」と並んで渡り廊下を歩いて去るのであった。(我々は補助ですから。自分が主担当の授業なら例え出ていけと言われても出ていきません。石にかじりついてでも)
今回、Rに私亡き後の事を念のために指示しておく。私の生命保険の証書の在りかを教え、電話する先も教える。おばあちゃんの葬儀は地元の講中の方々の意見にしたがってやること。費用はお祖母ちゃんのこの保険でまかなう事。実家が倒壊したらこの建物共済を使え。等々。
昨日の夕方小郡までRを送る。ホームでいったん手を振って別れたが、まだまだ発車しないのでお茶を買って車内に入ってみる。Rはちょっと驚いたが笑顔で迎えてくれた。
毎回見送りには何らかのサプライズがあって、(改札で別れたのにホームに現れたとか)ロベスに言わせると「迷惑だろう。往生際が悪いやつ!」という事なのだが、どうしてもせずにはいられないのである。もう居ないと思ったら、また現れた!とか、こんな嵐の中来ないと皆言うが、なんか来るような気がしたらやはり来た!とか、そういうのをやりたいのである。
父がそういうタイプだったらしく、色々な神出鬼没逸話を「ビックリしたが嬉しかった」と母が何回も話していたからだろうか。生前そんなだったからか死んだあとも何となく何処かで出会いそうな気がするのである。母がボケたせいばかりではない。私もそんな気がするからだ。
だから私も日頃から神出鬼没をやっておきたいのである。あいつはキッパリしているから金輪際二度と絶対現れないよ、と言われる人はご立派だとは思うが淋しい。あいつは往生際が悪いからまた何処かで現れるかも、と笑い話になる方が良い。
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