short novel

□桜の木の下で
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冬の寒気が過ぎ去り、ようやく春の訪れる季節がやってきた


桜の木にはたくさんの蕾がまさに開こうとしている





僕には一週間に一度、必ず行く場所があった


大学から家までの帰り道の途中にある小さな公園


そこには一本だけ他の木よりも遥かに大きい桜の木がある


そこが僕の通っている目的地





そう、彼女に逢える場所───





今日も一週間ぶりにそこへ行く

学校が終わると僕はすぐさま公園へ向かった


春を運んでくる風を感じながら、足を速める





そして目的地に着いた僕は、桜の木の下に見覚えのある後ろ姿を見つけた


「こんにちは」


僕が声を掛けると、彼女は振り返り微笑んだ


「こんにちは」


「もうすぐ桜の花が咲き始めるね」


僕と彼女は目の前の桜の木を見上げた


「…そうですね」


彼女は静かにそう言った





この時僕は、彼女の僅かな変化に気付くはずもなかった───




-次の週-



僕はいつもと同じく公園へ向かった





───ところが、桜の木の下に彼女の姿はなかった


僕は辺りを見渡したが彼女らしき姿は見あたらなかった


それからしばらく待ってみたものの、結局彼女は来なかった





彼女が来なかったのはその日限りではなかった


次の週も、そのまた次の週も、彼女は姿を現さなかった





桜の蕾が開花を始め、満開になろうとしていた





そんなある日、僕が帰り道に公園を覗いてみると満開の桜の木の下で彼女の後ろ姿を見つけた


桜吹雪の中、彼女の髪が桜の花びらと共に風になびいて美しく思えた


久々に逢えた彼女に駆け寄ろうと足を踏み出そうとした瞬間、僕は思わず足を止めてしまった





桜の木を見上げる彼女の頬に、一筋の涙がこぼれていた───





その涙を流した瞳には哀しみの色が浮かんで見えた


僕はその場を動くことが出来なかった





すると彼女がこちらに気付き、驚いた表情を浮かべると急いで涙を拭った


「あの…」


僕はなんと言ったらいいか分からなかった


「…ごめんなさい」


彼女はそう言い僕に背を向けた





彼女の涙の理由は何だったのだろう───





僕は疑問に思った


だって今までの彼女にはいつも笑顔しかなかったから


彼女の泣く姿なんて想像したこともなかった





「どうして、泣いてたの?」


僕は彼女に聞いた


すると彼女は桜の木を見上げ、静かに口を開いた


「…桜の花が、あまりにも儚く散っていくから」


彼女の目にまた涙が滲んでくる


「私がまだ幼いとき、ちょうど今みたいに桜が満開になっていた頃、私の両親は事故にあって───」


僕は息を呑んだ





「死んでしまったの」





その瞬間、彼女の瞳に溜まった涙が一気にこぼれた


彼女の中で再びその時の感情が溢れ出てきたのだろう


涙は止まらず、彼女は両手で顔を覆い俯いてしまった





そんな彼女の後ろ姿は今にも崩れてしまいそうで───





「…っ桜の花が散るのと同時に、私の周りからどんどん…大切な人がいなくなってしまう気がして」





僕は守ってあげたいと思った


彼女の笑顔を───


もう桜が散ることに哀しくならないように───





僕は彼女に歩み寄り、そっと両手で包み込んだ


「…僕は」





この桜の木の下で、ずっと笑顔でいられるように───





「僕はいなくならないから」


彼女が顔を上げ、僕の方を振り向いた


「ずっと、傍にいてあげるから」


そう言った僕の言葉に彼女は微笑み、片手で涙を拭った


「…本当に?」


「本当に」


僕は彼女の頭を撫でながら、優しく抱きしめた





君の笑顔がずっと、
絶えることがないように───





end...





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