宝絵巻


□寝不足の日々
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薬売りは慌てて布団を跳ねとばし、着替え、外へ走り出た。

素早く樹里の後ろ姿を見つけ、ばれないように尾行する。

歩を進めるにつれ、心配と不安も少しずつ膨れていった。

今ここで樹里の名を呼び、その体を抱いて連れ帰れたら…。

そんな衝動を、必死に抑える。

やがて樹里の足が止まり、その傍には人影があった。

薬売りは、我が目を疑った。

樹里が会っているのは男で、しかもその人物に見覚えがあった。

薬売りは衝動的に、二人の前へ駆け出た。

「…どういう、ことだ。」

不意を突く恋人の登場に、目を丸くする樹里は言葉を失い。

銀髪の男――剣の化身は、苦笑いを浮かべた。

「俺が樹里に頼んだ。二人で会いたい、とな。」

薬売りは鋭い視線を男に向けた。

「そう睨むな。何もしてやしない。」

「二人だけで会っているという事自体が、気に入らない。」

厳しい口調でそう言った薬売りは、次に樹里を見た。

愛しい人を見る目、だがそれは鋭いものだった。

「樹里。」

畏縮した樹里は、ごめんなさいと呟く。

「これが寝不足の原因か。」

今にも泣きそうな顔で、こくりと頷く樹里。

「お前は、俺よりもそいつが好きなんだな?」

初めてのお前呼ばわりに、樹里の胸は苦しいほどに痛んだ。

「違う!」

「何が、違う?」

薬売りの、冷たく厳しい声音。

樹里の体が震えた。

涙腺が一気に緩み、大粒の涙が次から次へとあふれ出る。

「ごめんなさい…!」

樹里は、なんとかして涙を止めなければ、と両手で目を乱暴に擦る。

それでも、涙は止まらない。

大好きな人を裏切るような事をしてしまった。

「泣くなんて、卑怯よね。私が悪いのに。」

泣きたいのは、薬売りさんの方よね。

それでも。

「それでも私は、薬売りさんが、好きなの…。」

樹里の訴えを、唇を噛み締めながら聞いていた薬売り。

鋭かった眼光は、優しさを取り戻していた。

泣き崩れる樹里を抱き上げた薬売りは、剣の化身である男を振り返った。

「二度と、こんな真似をするな。」

剣の男に向けられたその言葉だったが。

未だ目に両手を当て、何も見えていない樹里は、自分に向けられたものと勘違いし、うん、と返事をした。

思わず微笑む薬売り。

二人が宿に戻ってゆく姿を見つめながら、剣の男は呟く。

「略奪愛というのも、面白い。」

何かを企んでいるかのように、妖しく笑っていた。

一方、宿に帰り着いた二人。

その頃には涙も止まっていた。

布団の中に放り込まれた樹里は、改めて薬売りに謝ろうと口を開く。

だがそれは、薬売りの口付けによって止められた。

「いいから、もう寝ろ。」

薬売りは、言う。

せっかくの綺麗な顔に、隈は似合わない、と。



−寝不足の日々−終幕



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