宝絵巻


□着せ替え人形
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それから数刻。

用を済ませた薬売りは、宿への帰路を足早に進んでいた。

手には、樹里への土産。

「樹里、今戻ったぞ。」

「お帰りなさい、薬売りさん!」

薬売りを見ようともせずにそう言った樹里は、何やらせっせと手遊びをしていた。

その様子を、薬売りは少々不満そうに見やる。

「何をしているんだ。」

それが何であろうと、自分以外のものに樹里が心奪われているのが、薬売りは嫌だった。

「薬売りさん、退魔の剣で遊んでろって言ったでしょ。」

ということは、樹里が今夢中になっているのは、退魔の剣。

「可愛い!」

薬売りがその様子を伺っていると、樹里は退魔の剣を抱き締め、頬擦りまでし始めた。

剣で遊んでいろなどと言ってしまった、過去の自分を恨む薬売り。

「なぁ、樹里。」

返事はない。

樹里は未だ、剣と戯れ合っている。

「樹里。」

二回目も、返事は来なかった。

「剣ちゃんには、これが似合うかも。」

剣ちゃん?

似合う?

薬売りは首を傾げる。

だがそんなことは、大した問題じゃない。

今はただ、樹里を取り戻すのが最優先だった。

「樹里。」

今度は声を大きくしてみた。

「なぁに、薬売りさん。」

何を言えば、樹里の気を引くことが出来るか、と薬売りは考える。

「寂しい。」

樹里の目が、点。

いまだかつて、薬売りの口からそんな言葉を聞いた事など、無かった。

「ね…熱でも。」

「無い。」

樹里の為に買ってきた土産に目線を落とし、さも悲しげに薬売りは言う。

「俺が帰ってきたというのに、樹里はそいつしか見ていない。」

相棒である退魔の剣を指差し、そいつ呼ばわり。

「寂しくて、今にも凍えてしまいそうだ。」

剣を差していた指を、今度は胸に持ってきた薬売り。

その指で、心臓の部分を二度、叩いた。

樹里は、薬売りと剣とを交互に見た後、剣を抱えたまま薬売りの元に走った。

「どうすれば、寂しくなくなる?」

向かい合って座れば、自然にぶつかり合う互いの視線。

薬売りは樹里の顎を持ち上げ、そのまま引き寄せた。

絡み合う、吐息。

樹里の手から、退魔の剣が転がり落ちた。

「毎日、こうして口付けして…樹里のこの口から、愛してると聞ければ、寂しくない。」

はにかみ笑った樹里は、薬売りの耳元に唇を寄せ、その言葉を囁いた。

「ところで、退魔の剣で何してたんだ。」

あんなに夢中になるなんて、と薬売りは苦笑いを浮かべる。

「もう返さなきゃね。」

渡された退魔の剣を見た薬売りは固まる。

退魔の剣は、まるで着せ替え人形のように、花柄の布切れを巻かれ、立派な髭も見事に飾り付けられていたのだ。

「可愛いでしょ。」

満足そうに笑う樹里を見た薬売りは、やれやれ、と首を振り、樹里の方が可愛い、と呟くのだった。




−着せ替え人形−終幕



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