宝絵巻


□独占欲
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「お嬢さん綺麗だから、描き甲斐があるよ。」

美人だの、綺麗だの。

薬売りはいつも自分が、樹里に言っている言葉を横取りされたようで、悔しさが込み上げた。

そして樹里に目をやれば。

「口がお上手ですね。」

と、照れくさそうに頬を染め、笑っていた。

いつもは、俺に向けられている笑顔なのに。

薬売りは唇を噛みしめた。

「さぁ、出来たよ樹里ちゃんの似顔絵。持っていきなよ。」

いつの間に名前まで教え合ったのだ、と薬売りは舌打ちする。

出来上がった自分の絵を見た樹里は、嬉しそうに感嘆の声を上げた。

「素敵。ありがとう!」

薬売りは、絵師の所から帰ってきた樹里の肩を抱き寄せ、足早にそこを離れた。

絵師と別れ二人は、無言で宿への道のりを歩いた。

薬売りが喋らないのは、不機嫌だから。

樹里が喋らないのは、見事な出来栄えの似顔絵に、見惚れていたから。

二人が宿に到着したのと同時に、あれだけ晴れていた空からは、雨粒が落ちてきて屋根を叩いた。

何故もっと早く降ってくれなかったんだ、と薬売りは空を睨む。

「ねぇ薬売りさん、見て。」

その、甘えるような可愛らしい声に、薬売りは思わず頬を緩める。

何はともあれ、あの男はもういない。

これからは思う存分、二人きりの時間を楽しめば良い。

「どうした、樹里。何を見ている。」

「これ。上手よね。」

樹里の手の中で、行灯の淡い光に照らされ、ひらひらと揺れていたそれは、あの似顔絵だった。

忘れようとしていたあの男が、脳裏に現れる。

「まだ、持ってたのか。」

「まだ…って、貰ったばかりじゃない。旅の思い出に、ずっと持ってるわ。」

ずっと持ってる、それ即ち、持っている間中、樹里の中にあの男が居続ける、ということ。

何年も先、その絵を持ち出した樹里が、こうして自分に絵を見せて、あの男のことを話しだしたら…。

「冗談じゃない。」

樹里の心の中には、俺だけが居れば良い。

薬売りは、傍にあった行灯の火に、息を吹き掛けた。

たちまち部屋は、暗闇に変わる。

行灯の光でなんとか見れていた絵も、これでは全く見えない。

「何するの?これじゃあ絵が見えな…」

「見えなくて良い。」

手探りで行灯に火を灯そうとする、樹里の体を少々乱暴に引き寄せた薬売り。

まだ目が慣れていない暗闇の中で、薬売りは指先で樹里の唇を捜し当て、そっとそれを奪った。

薄紫色の爪が、樹里の体の線をなぞり走る。

深く口付けられた樹里は、喋る暇も無いままに、快感の海へ飲み込まれていくようだった。

「あの絵を持ってるのは、構わない。だがな、樹里…」

艶めかしい樹里の体を弄ぶ薬売り。

「お前は、俺だけの物なんだ。」

俺以外の男の名を出し、幸せそうに笑うのはやめてくれ。

いつの間にか、一糸纏わぬ姿になっていた樹里。

薬売りはそれを堪能するように、あらゆる部位に唇を這わせ、時折、強く吸い上げた。

その度に上がる、樹里の高い声。

ようやく暗闇に目が慣れた頃、薄紫色に塗られた唇が、満足そうに微笑んでいるのが、樹里の目に映った。

その唇は、言う。

樹里は、俺だけの物。

俺だけを、愛してくれ。




−独占欲−終幕



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