宝絵巻


□初恋
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久方ぶりに家に帰ってきた兄を、妹はまるで恋人と再会したかのように、迎え入れた。

妹の名は樹里。

疲労が色濃く現れた顔で布団に潜り込んだ兄を、樹里は心配そうに見つめる。



−初恋−



「そうだわ!」

樹里は何かを思いついたらしく、顔いっぱいに笑顔を浮かべると、財布を掴み町へと飛び出した。

目当ては、新鮮な食材。

兄に自分の手料理を食べさせ、疲れを少しでも癒してもらおう、と樹里は考えたのだ。

野菜や魚を買い込み、さぁ帰ろう、と足を進めようとしたその時。

「お嬢さん…ちょっと、宜しいですかね。」

なんとも落ち着いた、静かなその声に振り向いてみれば。

「この近くに、宿は。」

鮮やかな隈どりに、通った鼻筋。

男は、薬売りだと名乗った。

綺麗な人だな、と樹里は感心しながらも、身振り手振りで宿を教える。

「どうにも、土地勘がないもんで。案内しちゃあくれませんかね。」

だが薬売りは、樹里の説明で、宿への道は理解していた。

それでも案内を頼んだのは、他でもない、樹里ともっと一緒にいたい、樹里のことが知りたい、という気持ちからだった。

買った魚の鮮度が気に掛かったものの、頼まれると断れない樹里はそれを承諾し、早足で宿へ足を向けた。

「お名前は。」

「樹里です。」

「失礼ですが、ご結婚は。」

「いえ、まだ…。」

いつだったか樹里の両親が、彼女に見合いを勧めたことはあった。

それを、早すぎると大反対したのは、兄。

その時のことを思い出した樹里は、思わず頬を緩ませた。

樹里が微笑んでいることに、気付いた薬売り。

「どうか、したんで。」

大好きな兄を自慢するのが好きな樹里は、思い出したその逸話を、薬売りに話して聞かせた。

「いつかお嫁に行くなら、兄のような人の元へ行きたいのです。」

話の最後は、そう締めくくられた。

薬売りは、話を聞いた分だけしか、それ以外は顔も名前も何も知らない、彼女の兄に嫉妬心を抱く。

だが兄妹は兄妹。

一緒にはなれない。

ならば自分が、彼女の兄のようになれば良い。

薬売りは、そう考えた。

「そんなにご立派な方、私も一度会って話してみたい。」

「では今度、家に遊びにいらして下さい。紹介します!」

薬売りは口端を持ち上げ、妖しく笑った。

「出来れば、明日にでも。」

「薬売りさんは、旅をなさっているんですものね。」

「えぇ。長居は出来ないんで。」

宿に辿り着き、別れ際、二人は明日も会う約束を交わした。

自宅へ帰った樹里は早速、料理を作り、兄の前に置いた。

「樹里の手料理も、久しぶりだな。美味そうだ。」

いただきます、の言葉と同時に、次から次へと消えてゆく料理を見て、樹里は満足感に浸る。

「あのね兄様、明日、紹介したい方がいるんだけど。」

「まさか、恋人か?」

樹里は慌てて首を振り、買い物に出た時に道案内をした男のことを、話した。

「その方に兄様のことを話したら、是非会いたいって。」

「話した…って、どんなことを話したんだ?」

「え…。私がお嫁に行くなら、兄様みたいな人の元へ行きたい、なんて…。」

妹のその言葉を聞いた途端、兄はだらしなく頬を緩め笑う。

「いつでも、連れてきて良いからな!俺も樹里の事を自慢してやろう。」

「兄様ってば。」

可愛い妹を見て鼻の下を伸ばしていた兄は、翌日、連れられてきた男を見て目を見開いた。




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