宝絵巻
□寝不足の日々
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これで今日何度目の欠伸かと、薬売りは考えた。
自分の、じゃない。
薬売りが見つめる先にいたのは、彼の恋人である樹里。
−寝不足の日々−
とろんとした目の下に、うっすらと現われている隈。
毎晩一緒に、一緒の時間に布団に入っているはずだが、と薬売りは首を傾げた。
「悪い夢でも見てるのか。」
何の前触れもないその質問に、樹里はきょとんとしている。
「悪い夢でも見て眠れないというのであれば、何十回としている欠伸も、納得できると思ってな。」
「そんなに、してた?」
と言っている最中にも、樹里はまた欠伸をする。
「せっかくの綺麗な顔に、隈は似合わない。」
こんな薬売りの言葉に、いつもなら頬を赤くしたりする樹里だが、今日の彼女はそんな事も忘れて、しきりに目を擦っていた。
拍子抜けした薬売りは、再度、首を傾げる。
「夜遊びでも、してるのか。」
からかうつもりで、冗談で言ったその言葉に、樹里が反応した。
眠気が一気に覚めたかのように目を見開き、背筋を伸ばす。
「ちゃんと、寝てるわ。」
その言葉と、目の下の隈。
明らかに矛盾している。
そして、嘘が下手な樹里の、挙動不審な今の様子。
薬売りは、妙な胸騒ぎに襲われた。
その日、樹里は一日中、睡魔と戦っているようだった。
やがて夜がやって来て、二人は共に布団に潜り込んだ。
互いに、おやすみと挨拶し、目蓋を閉じる。
「今日はちゃんと寝ろよ?」
既に眠りについたのか、樹里からの返事は無かった。
だが薬売りは眠れない。
自分の中にいる何かが、眠るなと言っているような気がしたのだ。
暗闇の中、何をするでもなく、樹里を見つめる。
もぞもぞと布団が動き、寝返りかと思いきや。
寝ていたはずの樹里は起き上がり、布団から出ていくではないか。
それも、何かを警戒するように、ゆっくり、ゆっくりと。
反射的に狸寝入りをする薬売り。
樹里は、手早く着替え髪の毛を整えると、薬売りを振り返りながら、部屋を出ていった。
こんな夜中に、一体何処へ。
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