宝絵巻
□着せ替え人形
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「おはよう、薬売りさん!」
朝も早くから、にこにこと上機嫌の樹里。
薬売りの広い背中に、抱きついた。
−着せ替え人形−
「今日はやけに、早起きだな。」
まだいささか眠たそうな薬売りの声に、樹里は思わず微笑んだ。
「当たり前じゃない。今日は一緒にお出掛けするって約束でしょ?」
背後から、薬売りの顔を覗き込んでみれば。
「今日…だったか…?」
いつもと変わらぬ、涼しい表情の上に浮かんでいた、汗の粒。
「…忘れてたの?」
樹里はがっかりしたように、薬売りの背から離れ、ぺたりと座り込んだ。
樹里との約束を忘れた薬売りは、仕事を作ってきてしまった、と謝る。
「つまんない。それじゃあ今日も私は、お出掛け出来ないのね。」
「明日は必ず空けておくから、今日は我慢してくれ。」
「…どうして、一人でお出掛けしちゃ駄目なの?」
もう子供じゃないわ、と樹里は膨れっ面。
「樹里に、悪い虫が付かないようにだ。」
意味を理解していない樹里は、そこらを飛んでいる小さな虫を思い浮かべ、首を傾げる。
薬売りは、樹里が愛しいあまりに、彼女一人の外出は滅多にさせない。
それは束縛だと言われたとしても、薬売りのことだ涼しい顔で、束縛したくもなるさ、とでも返すだろう。
「それだけ樹里が愛しいんだ。」
分かってくれ、と困ったように笑う薬売り。
大好きな薬売りの言い付けを、破るわけにもいかない樹里は、渋々頷いた。
「早く、帰ってきてね。」
「あぁ、約束する。」
薬売りは樹里に口付け、宿を出た。
「そうだ、樹里。退屈だったら、剣と遊んでると良い。」
人形みたいだろう、と薬売りは樹里をからかうように笑う。
「子供じゃないって、言ってるのに!」
薬売りの背中にその言葉を投げつけた樹里は、部屋に戻ると、退魔の剣が入っている箱を見つめた。
「ちょっとだけ。」
蓋を開けてみれば、鬼のような、だが鬼にしては可愛らしいと思わせるようなそれが、おとなしく横になっていた。
丸い鈴を突いてその声を楽しんだ後、そっと持ち上げる。
「…そうだ!」
何かを思いついたらしい樹里は、退魔の剣を大事そうに抱えた。
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