ジークフリートの征旅


ヒャールプレク王のもとで育てられることになったジークフリートに、王は鍛冶のレギンという男をその養育係に任命しました。このレギンこそ、そう、あのフレイズマルの息子のレギンだったのです。レギンはジークフリートの養育係として、あらゆる文武の事柄に、外国の言葉や、ルーン文字の使い方をも教えました。しかしレギンは、ジークフリードがヒャールプレク王たちに養われている存在と思って、心の底では馬鹿にしていました。
 あるとき、レギンはジークフリートに、お前がヒャールプレク王の馬飼いでないのなら馬をもらってみろ、と言いました。ジークフリートがヒャールプレクに頼むと、王は好きなのを一頭もっていきなさい、と言いました。
 どんな馬がいいのかジークフリートが悩んでいると、一人の長い髯の老人に出会いました。そしてジークフリートはその老人の助言に従って、馬たちを川の深みに追い込んだのです。すると、馬たちは灰色の一頭を除いて全てが岸に戻ってきました。ジークフリートは、その戻って来なかった一頭を選びました。
 老人は、「この馬は、スレイプニル(主神オーディンの八脚の名馬)の子供である。大切に育てれば、どんな馬よりも優れた馬になるだろう」と言って、姿を消しました。長い髯の老人は、主神オーディンだったのです。ジークフリートは、灰色の馬をグラニと名付けました。
 またあるとき、レギンはジークフリートが財産もなく、村人の子供のように駆け回っている姿を揶揄し、彼に邪竜ファーヴニルを倒せば莫大な財宝と名声を得られると言いました。
 しかし、ファーヴニルの邪悪さを知っていたジークフリートは、それを躊躇いました。すると、レギンは彼の勇気のなさを罵り、ファーヴニルと自分のことを話しました。
 ジークフリートは、ファーヴニルが自分の父親を殺して財宝を得たことを聞いて、その退治を了承しました。そして、鍛冶であるレギンに剣を鍛えてくれるように頼みました。レギンは二度にわたって剣を鍛えましたが、その二本とも大した代物ではなく、ジークフリートは叩き折ってしまいました。それからジークフリートは母のヒヨルディースのところへ行くと、シグムンドが死に際にヒヨルディースに渡した折れた名剣をもらい、それをレギンに修復させました。グラムというその名剣は、鉄さえも切り裂くことができました。
 それを見て、レギンはファーヴニルを早く倒すようにせかしました。しかし、ジークフリートは、その前に肉親の仇を討たなければならないと言いました。そして、ヒャールプレク王のもとへ行って、フンディング一族に復讐する旨を告げました。王はそれに協力することを了承し、彼に大軍と船と装備を貸し与えました。
 大軍とともに出航したジークフリートは、フィヨルニルという謎の男の協力もあって嵐の海をも渡り、ついに祖先の地に辿り着いたのです。そして、シグムンドの死後、その地を支配していたリュングヴィとその一族と戦い、ジークフリートはリュングヴィをグラムによって甲冑もろとも頭から真っ二つに切り裂いたのです。
 こうして復讐を終えたジークフリートは、莫大な財宝と名声をもってヒャールプレク王のもとへ帰り、王は彼のために盛大な祝宴をもうけました。

 それからしばらくして、ジークフリートのもとにレギンがやってきて、彼に今度こそファーヴニルを退治するように言いました。
 ジークフリートもこれを了承し、彼はファーヴニルがいるという場所へやってきました。しかし、ファーヴニルのその巨大な姿に、さすがのジークフリートも圧倒されました。
 そこでレギンはジークフリートに、地面に穴を掘ってその中に入り、ファーヴニルが水を飲むために地面を這ってきたとき、その穴から心臓を突き刺すように助言しました。ジークフリートは穴を掘りましたが、怖じ気づいたレギンは途中で逃げ出しました。それでもジークフリートは穴を掘り、そこに隠れました。
 すると、とうとう邪竜ファーヴニルが水を飲むために毒を吐きながらやってきました。ジークフリートはその姿に怯えることなく、ファーヴニルが穴の上を通るとき、心臓めがけてグラムを突き刺しました。そして、致命傷を負ったファーヴニルは、全身でのたうちまわり、当たる物全てを打ち砕いたのです。
 死を覚悟したファーヴニルは、ジークフリートに言いました。
「お前は何者だ。名を名乗れ」
 ジークフリートは最初、名乗ることを躊躇いましたが、ファーヴニルの追求についに自分と父の名を告げました。
「お前を唆したのは、いったい誰だ。なるほど、勇敢な父親をもっていたようだな。道理で向こう見ずなはずだ」
「俺を唆したのは俺自身の心で、この手と剣が俺に力を貸したのだ」
「俺の黄金には手を出すな。あれは、お前を不幸にするだろう」
「そうはいかない。人間は死ぬときまで、豊かでいたいと思うものだ。私はこれからお前のいた洞窟に行って、お前の宝を手にいれるつもりだ」
「レギンは俺を裏切った。そして、奴は俺を裏切ったようにお前を裏切るだろう。奴は、俺とお前が共に滅ぶことを望んでいるのだからな。さあ、俺も最期が来たようだ」
 ファーヴニルが死ぬと、レギンが戻ってきてジークフリートの勝利を祝福しました。しかし、心の中では、自分の兄を殺したことをジークフリートに復讐しようと考えていたのです。
 レギンはファーヴニルの血を飲むと、その心臓を取り出し、自分は寝ているからその間に心臓を炙ってくれるよう、ジークフリートに頼みました。
 ジークフリートは言いました。
「お前は、私がファーヴニルと戦っている間、逃げていたな」
 レギンは反論しました。
「だが、お前の持っている剣は私が鍛えたものだ。その剣がなければ、お前はファーヴニルに勝てなかっただろう」
「いや、戦うときには剣よりも勇気のほうが大事だ」
 眠るレギンの横で、ジークフリートはレギンに言われたように、枝に心臓を刺して火で炙りました。そして、炙りあがってきた心臓の具合を確かめようとしてそれを触ったとき、ジークフリートは指を火傷して、あわてて指を口の中に入れました。すると、彼は耳に、四十雀の言葉が聞こえてきました。ジークフリートは鳥の言葉がわかるようになったのです。
 四十雀たちは、口々に言いました。
「心臓はジークフリートが食べたらいいのにね」
「レギンは、兄の復讐をするつもりだよ」
「レギンを殺せば、ファーヴニルの宝を独り占めできるのに」
「私たちの助言に耳を貸せば、ジークフリートにも分別があるというものなのに」
「ファーヴニルを殺しておいて、レギンを殺さないなんて、知恵者とは言えないね」
「命を狙う相手を見逃すなんて大馬鹿者のすることだね」
「あの霜のように冷たい巨人を殺せばいいのに。そうすれば、ファーヴニルの財宝を独り占めできるのに」
 ジークフリートは言いました。
「どうやら私はレギンに殺される運命にはないらしい」
 そして、ジークフリートはレギンを殺し、その血を飲み、ファーヴニルの心臓を食べたのです。
 また四十雀が言いました。
「ジークフリート、お嫁さんをもらいたいなら、絶世の美女を一人知っています。ギューキ王がその娘をあなたへの贈り物とするでしょう。それと、ヒンダルフィアルという山のてっぺんで、一人の戦乙女が眠っています」
 ジークフリートは、ファーヴニルの住処に行ってその宝物を全てグラニに積み込むと、ヒンダルフィアルに向かいました。
 ジークフリートが馬で山を登ると、山上では、天にまで輝き映える大きな光焔がありました。彼が、さらにその中に進むと、そこには楯でできた垣があり、旗が立ててありました。そして楯の垣の中には、甲冑を身につけた誰かが眠っていました。ジークフリートが兜を取ると、その人物が美しい女性であることがわかりました。さらに鎧も外してみると、女性は目覚めて起きあがりました。
「私を目覚めさせてくれたあなたは誰ですか?」
「シグムンドの子、ジークフリートです」
 そして、ジークフリートは女性にその名前を尋ねました。
 彼女は、シグルドリーヴァと名乗りました。

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