□冥姫 第四十八話
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「そういうことじゃなくてだな」

「?」

「………あの時、もし俺達の中でお前に惚れてる奴がいたらどうすんだ」


考えたことすらない例えにキョトンとしてしまった。


「例えになりませんよ、だって
例えでさえ、有り得ないからです」


有り得ないことは有り得ない。


「その根拠は」

「あの場にいた皆さんには本命さんがいるからです
近藤さんが言ってましたよね
お二人には本命さんがいるって」


土方さんは難しい顔をしてまた何かを考えている。


「本命がいたとしても、心変わりしないとはいえないだろ」

「確かにそうですね」


蚊帳の外の話なので普通に返答した。


「引き止めて悪かったな」

「はい?」

「仕事に戻れ」


話は強制終了された
釈然としない気持ちもあるが、続ける理由もないので従う。


「はい、では部屋に戻ります
失礼しました」


土方さんがあの言葉の危険性を分からせようとしているのは解る。


それだけ心配してくれてるってことでいいのかな。


気にかけてくれてることは嬉しいけど、心配をかけたくなかった。


…あの言葉は大人になるまで封印しよう。

廊下を歩きながら心に誓った。





あいつに分からせるのは無理だ。

例えがまったく通用しねえ。


考えたことも思いがけず頭に浮かんだことも本当にまったく無い、強烈な思い込み、固定観念になっちまってんだろう。


だから宮中は例えでさえ有り得ないと言った。


少し分からせてやろうと思ってした心変わりの話も、人事としか思ってねェときた。

そりゃ俺と総悟の本命が誰か分からねェわな。


総悟といえば、あいつはボンヤリしていることが多くなった。


あいつは一番隊の斬り込み隊長だ、もし今 でけェ事件があったらいつもと同じでいられるか?

事件がなくとも、首を取りたい奴らは掃いて捨てるほどいるだろう。


……しゃーねェな。



総悟の野郎は あの日から夜になると縁側に座り、月をボンヤリ眺めるようになった。


今夜も欠けた月を見上げている。


近くに寄ると視線を僅かに向け、また月に視線に戻す。


「……なんか用ですかィ」

「いつまでそうしてるつもりだ?
それとも、そうしてりゃ何か変わるのか?」

「俺は無神経で図太い土方さんと違って繊細なんで」


一定の距離を保ち近くに寄る。


「俺は諦めねェけど、お前はどうする」


総悟は答えず俯く。


「落ち込むな、とは言わねえ
だがいつまでも腑抜けるな」

「土方さんは平気なんですか」

「平気じゃねェし、相手を殺したいとも思った」


知らない誰かに抱いた殺意は本物だった。

 
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