「そういうことじゃなくてだな」
「?」
「………あの時、もし俺達の中でお前に惚れてる奴がいたらどうすんだ」
考えたことすらない例えにキョトンとしてしまった。
「例えになりませんよ、だって
例えでさえ、有り得ないからです」
有り得ないことは有り得ない。
「その根拠は」
「あの場にいた皆さんには本命さんがいるからです
近藤さんが言ってましたよね
お二人には本命さんがいるって」
土方さんは難しい顔をしてまた何かを考えている。
「本命がいたとしても、心変わりしないとはいえないだろ」
「確かにそうですね」
蚊帳の外の話なので普通に返答した。
「引き止めて悪かったな」
「はい?」
「仕事に戻れ」
話は強制終了された
釈然としない気持ちもあるが、続ける理由もないので従う。
「はい、では部屋に戻ります
失礼しました」
土方さんがあの言葉の危険性を分からせようとしているのは解る。
それだけ心配してくれてるってことでいいのかな。
気にかけてくれてることは嬉しいけど、心配をかけたくなかった。
…あの言葉は大人になるまで封印しよう。
廊下を歩きながら心に誓った。
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あいつに分からせるのは無理だ。
例えがまったく通用しねえ。
考えたことも思いがけず頭に浮かんだことも本当にまったく無い、強烈な思い込み、固定観念になっちまってんだろう。
だから宮中は例えでさえ有り得ないと言った。
少し分からせてやろうと思ってした心変わりの話も、人事としか思ってねェときた。
そりゃ俺と総悟の本命が誰か分からねェわな。
総悟といえば、あいつはボンヤリしていることが多くなった。
あいつは一番隊の斬り込み隊長だ、もし今 でけェ事件があったらいつもと同じでいられるか?
事件がなくとも、首を取りたい奴らは掃いて捨てるほどいるだろう。
……しゃーねェな。
総悟の野郎は あの日から夜になると縁側に座り、月をボンヤリ眺めるようになった。
今夜も欠けた月を見上げている。
近くに寄ると視線を僅かに向け、また月に視線に戻す。
「……なんか用ですかィ」
「いつまでそうしてるつもりだ?
それとも、そうしてりゃ何か変わるのか?」
「俺は無神経で図太い土方さんと違って繊細なんで」
一定の距離を保ち近くに寄る。
「俺は諦めねェけど、お前はどうする」
総悟は答えず俯く。
「落ち込むな、とは言わねえ
だがいつまでも腑抜けるな」
「土方さんは平気なんですか」
「平気じゃねェし、相手を殺したいとも思った」
知らない誰かに抱いた殺意は本物だった。