□冥姫 第四十八話
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今更ながら名前呼びでなくてよかったと思う。

そもそも名前呼びできなかったのはあいつへの想いがポロっと出そうになったからだ。

名前呼びだけでそうなることがあるって初めて体験したぜ。

そんだけ惚れてるからな。


もうそろそろしたら宮中が茶を持ってくるだろう。


元に戻せばいいだけだ
恋こがれていたあの頃に、
元々 望みはまだ無かったようなもんだしな。



−−−



あれから数週間が立った。


今ではすっかりと冷静さをとりもどしていた。


冷静になった今 思うと、あいつの初恋話を聞いていたから少しは耐性ができていたのかもしれない

憶測だがな。


冷静さは取り戻したが誰なのか、どんな奴なのかは相変わらず気になる。


それと俺の知るかぎりそんなそぶり見せたこと一度もなかったはず…だ。

俺の知らない奴か…。


空いた時間は常に考えてしまう。


それともう一つ、あいつは衝撃的なことを言った。


『…近藤さん……女の過去を聴くのは不粋と狭量のすることですよ』


あいつははっきりと自分のことを女だと言った。

もちろん宮中の性別は女だが、違う意味合いが込められていたのはあの場にいた全員が解ったことだ。


あのときは驚きと思考停止しかなかったが徐々に冷静さを取り戻す中で、ある違和感が芽生えた。


冷静さと考える時間が積み重なるほど違和感は増長していく。


ああいう言葉は言葉に相応しい女が言うからこそ説得力と信憑性を兼ね備え、力を発揮するものだ。


宮中は十七歳、俺はたまに欲情するが色気はない、

勘は鋭いくせに色恋の勘は鈍い、鈍勘中の鈍感だ。

大人か子供かで判断するなら子供だ。


また違和感が増長した。


違和感は―――


「土方さん?」

「…宮中、なんだ?」


思案中に話し掛けられて返事がワンテンポ遅れた。


「書類を持ってきました」


宮中が差し出す書類を受け取る。


「ごくろうさん」

「なにか考え事ですか」


あの日から今まで聴きたくても聴けなかったことを聴く糸口が宮中からもたらされた。

千載一遇

これを逃したら次の機会は無いかもしれねェ。


「……なあ、この前のこと聴いていいか」

「この前って何時のことですか」


あれから大分立ったからな

それに俺と違って、たいして気にもしてないんだろう。


「あー、なんだ、あれだ……
前にお前 想い人の話しただろう
その……だな、想い人のこ───」


そこまで言って俺の口は止まる。

宮中が微笑んだからだ。

 
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